755 星暦556年 桃の月 21日 年末の予定(13)
「へぇぇ、気持ちがゆったりして悩みを忘れられる香なんてあるんだ?」
蚤市を歩きながらゼブから昨日入手した情報をシェイラに話す。
シェイラやあの学者バカたちが集まる遺跡発掘団が変な香や宗教団体に嵌るとは思わないが、下手をしたら跡取り問題で苦労しているシェイラの父親とかあのバカ兄貴が深みにはまる可能性はゼロではないと思ったのだ。
単なる詐欺まがいな宗教ならまだしも、『気持ちが楽になる』というのはストレスにさらされている人間にとっては麻薬のような中毒性がある可能性がそれなりに高い。
別に普通にちょっと気分が落ち着いたり悩みを一時的に心から追い出す程度のお香だったら合法的に入手できるだろうが、これが巧みな言葉で宗教と繋ぐ感じに言いくるめられると、ヤバい感じに宗教に傾倒しかねない。
そうなった時に原因の一つとして麻薬ではないが補助的な機能を果たすお香が存在するという事を知っていたらより効果的に対応できるかもしれないだろう。
「一応サンプルを貰うことになっているから後で見せるよ」
「ありがと。
意外と遺跡なんかでもそう言うのって出てくるのよねぇ。
残念ながら年月や湿気で完全に変質しちゃって効果はほぼ皆無だけど」
ため息をつきながらシェイラが言った。
「宗教ってちゃんと神様が居れば変な香とか麻薬に頼る必要なんかないだろ?
遺跡の宗教ってでっち上げばかりなのか??」
沈没した海神神殿の時に清早から聞いた話から考えると、別に過去の文化だったからって神が存在しなかったって訳ではない筈なのに。
時にはでっち上げとか、神殿が神に見捨てられた後だったとかいった状況もあるようだが、そうじゃない場合も多いだろうに。
まあ、神様がいたところで人間の個々の悩みを聞いたり相談に乗ってくれたりはしないだろうけど。
宗教を求める人間ってそういう細やかな悩みの解決を求めていることが多いから、信者を満足させておくために怪しげな薬とか香に手を出す神官もいるのかな?
善意でやっていた人間だっていなくはないだろう。
大々的になって信者からの寄付金とかが多額になっていたら『善意』よりも『欲』を疑うが。
「神官の権威を引き上げる為の補助的道具なんじゃ無いかしら。
あら?」
シェイラが突然足を止めて脇の露店を覗き込んだ。
「これなんか、そういうお香用の道具の模造品だと思うわ。
そうだ、どうせだったら普通に買える気持ちのゆったりするお香とそれを焚く用の道具を大々的に売り出したらどう?
大金を出さなくても街の店で類似品が買えるとなれば、寄付金を集ってくる似非宗教に騙される人も減るんじゃない?」
シェイラが何やらちょっと不思議な感じに穴の開いた壺を見せながら提案した。
別に変な宗教にアファル王国の人間が騙されない様にする義務は俺には無いんだが・・・。
「つうかさ、現時点で廃れているってことはそう言う香ってそれなりに問題があるんじゃないのか?」
普通に多少気持ちが良くなって心配事を忘れられる香が使えるなら、使うだろう。
それが廃れたという事はやはり長期的に使うと身体に悪いとか、中毒性があるとかなのではないだろうか。
「ザルガ共和国の知り合いの話では、ヤバいのもあるけど、普通のもあるって話よ?
まあ、あそこの国の『普通』がどの程度かは知らないけど。
今まではアファル王国で手軽な値段で手に入る危険性の無い香の素材が無かったから廃れたんだろうけど、直接東大陸から持ち込めるなら中毒性が無い、普通の値段で買える程度のそれなりに悪くないお香もあるんじゃないかな?」
シェイラが言った。
ふむ。
「幾つか店でサンプルを買って帰って、ヤバくないか向こうで調べて貰うか」
大丈夫そうだったらそれこそシェフィート商会がガンガン輸入すれば良い。
まあ、ヤバいのが紛れ込んだら不味いから、そこら辺の確認が大変かもだが。
金にならないなら輸入をしなければ良いだけだ。
とは言え、中毒性があるヤバい奴に関してちゃんと禁輸するよう、ウォレン爺あたりにでも言っておかないとか?
魔具や呪具関係じゃなきゃ俺が呼び出される可能性は低そうだから、適当にシャルロにでも言ってそっち経由で話が行くのを期待しておく程度で良いかな?