747 星暦556年 桃の月 20日 年末の予定(5)
「随分と暖かいのね」
転移門でジルダスのアファル王国領事館にある魔術院支部に出て、シェイラが周りを見回しながら言った。
アファル王国へ直結している転移門がある為、ジルダスでは領事館の中に転移門があり、その周りの部屋幾つかを魔術院が借りて『魔術院支部』としている。
東大陸にアファル王国の魔術師として活動している人間はそれ程いないので、基本的にこの支部の活動は東大陸の魔術師団体と特許に関しての話し合いをすることだ。
まだお互いに特許情報の共有化(と使用料の相互支払い)が完全に終わっていないのでそこをコツコツとやっているところだと来る前に魔術院でアンディに聞いた。
これが終わったら過去の特許切れの魔術回路の情報の交換も考えているらしいが、そこに辿り着くのはいつになるやら・・・という感じらしい。
・・・時間があったらアファル王国の魔術師でもこっちの魔術師団体の特許記録を閲覧できるのか、聞いてみようかな?
全部に目を通して何があるかを記憶するのは無理だが、どんな傾向の物があるのかを知ることが出来たら何か行き詰った時に参考になるかも知れない。
それこそ呪詛や呪詛解除の魔具なんかはこっちの方が絶対に種類が豊富だろうし。
もっともシェイラを長時間放置しておく訳にはいかないから、今回は傾向だけ見て再度来る価値があるかの確認程度だが。
「こっちの方がアファル王国よりもっと南に位置しているらしくて、ザルガ共和国とあまり違いない位らしいぜ。
地形の関係であそこと違ってずっと乾いていて香辛料とかの生産に向いているらしいが」
シェイラの感想に応じる。
「頑張ってしっかり水分補給をすればそれなりに辛くなく過ごせるってことかしら?
そう言えば、以前ウィルがくれたお土産の生地も風通しが良い薄い物だったわね」
お土産?
そう言えば、最初に来た時にスカーフか何か、買って帰ったっけ?
イマイチ覚えていないが。
「俺は以前来た時の涼しい服を持ってきたけど、シェイラはどうする?
こっちで服を一式買った方が過ごしやすいかも?」
アファル王国だって真夏にはかなり暑くなるから薄い夏服はある。
だがこちらの薄くてぴらぴらした服ってちょっと違うんだよなぁ。
元々夏服が必要だなんて思っていなかったから俺は最初に来た時にこっちで服を買ったが、ちゃんと準備していた人でもアファル王国の夏服よりもこっちの地元の服の方が過ごしやすいって言っていたから、機能的にも違うんだろう。
「そうね、蚤市に行く前にまずは買い物ね!」
ウキウキしながらシェイラが合意した。
そう言えば、決めるのは早いけど買い物自体はシェイラも好きなんだったっけ。
「ちなみに、一軒で適当に買うか?
幾つか店を回りたいんだったら現地の案内を出来る奴がいるか聞いてみるが」
バルダンがいなかったら諦める方が良いだろうが、他にも何人か現地案内人を雇っているのかな?
「う~ん、未知の街を歩き回るのも面白いんだけど・・・初日は流石に冒険せずに効率重視で行くべきね。
今日はウィルが知っている店で一通り買って、宿に荷物を置いてから軽く歩き回ることにしない?」
シェイラが荷物を再度手に取りながら言った。
考えてみたら、『どうせ着替えをこっちで買うから』ってことで荷物が少ないって言っていたが、色々買いまくったら帰りの荷物はちゃんと運べるんだろうか?
あまり多すぎると転移門で追加料金が発生するんだが。
まあ、シェイラだったらそこら辺は大丈夫だろう。
多分。
転移門のある部屋から出たら、外に警備兵が立っていた。
「お疲れさん。
王都から来たウィル・ダントールとシェイラ・オスレイダだ。
宿泊は領事館ではなく港寄りの『紅の実』宿を使う。
正確な滞在日程は決めていないが、新年までには帰国予定だ」
警備兵の後ろにある机の所に座っている役人の方に詳細を伝える。
一応、アファル王国人が行方不明になった時なんかの時の為に詳細を聞かれるんだよね。
ある意味、そこら辺を聞かれたくなかったら港から船で入国する方が良い。
まあ、あっちから入ると今度はジルダスの入国管理局に色々説明する羽目になるが。
・・・夜に空滑機で来れば、密入国出来るんかな?
まあ、船で入港してもそこまで真面目に管理していないから適当に袖の下を渡すなり、船から荷物を運び出す人夫に紛れて動けばそのまま街中に出られると思うが。
とは言え、シェイラは無理か。
服装からして目立つし、荷物運びは基本的に男の仕事だ。
密入国なんてする必要はないけど、管理されるとついついそれを逃れる方法を考えちまうんだよなぁ。
そう言えば、顔役のゼブに呪具発見用魔具が無いか、聞こうと思っていたんだった。
ついでに参考までにこっちの世界での女性用密入国手段っていうのを確認しておこう。
シェイラを連れて密出国しなきゃいけない様な冒険の予定はありませんw