738 星暦556年 橙の月 19日 確認したら、ヤバかった(16)
「フィダルト卿!
丁度よかった、どうしてもフィダルト侯爵にお会いする必要があるのですが、申し訳ございませんが助けていただけますか?」
一瞬迷っていたが、すくっと立ち上がったファルナが二人組の方へ歩いて行って、男の方へ声をかけた。
「え?」
男が呆気に取られた様にファルナを見る。
美少女の方は・・・それこそファルナを闇討ちしそうな顔で睨んでる。
恐ぇぇ〜。
「国軍のファルナ少佐と申します。
国の重要な問題でどうしても御父上と話す必要がありまして・・・」
何やら適当にそれっぽい事をファルナが言い募る。
だが、国の重要な問題でこんな喫茶店に若い男と国軍の少佐が来ているってかなり無理が無いか??
そう思ったんだが、呪具でちょっと判断能力が落ちているのか、もしくは元々お人好しなお坊ちゃんなのか、フィダルト侯爵の三男はあっさりファルナに協力する事に合意した。
「ふむ。
申し訳ない。今度また誘うから、今日はちょっと失礼していいかな?」
すまなそうに美少女に謝り、ファルナと共に店から出て行こうとする。
慌てて俺たちのテーブルの会計を済ませて二人の後を追う。
こんなところでデートの相手を見捨てて良いのかと思ったのだが、ちゃんとメイドが店の外で待っていた。
うわ~折角喫茶店に来ても、外で待ちぼうけかよ。
メイドとか付き人ってかなり切ない勤務体系なんだな。
まあ、冷たい水で汚い服やタオルを朝から晩まで洗濯する洗濯女よりは楽そうな気もするが。
とは言え、美少女の不機嫌そうな顔を見る限り、メイドは八つ当たりされそうだな~。
美少女がメイドと一緒にフィダルト家の馬車に乗って送られているのを見送り、ファルナが辻馬車を呼んで三男と一緒に乗り込んだ。
「ウィルも一緒に来るのよ」
ちっ。
さり気なくここで別れて舞踏会まで休もうと思ったのに。
「父は・・・今日は王宮にいると思う。
一体国軍がどういった用事があるのだ?」
三男が不思議そうに尋ねる。
「フィダルト侯爵の下で一緒に説明させてください。
ちなみに、先ほど一緒にいた少女はどなたかお尋ねしてもいいですか?」
ファルナが尋ねる。
一応解呪用の魔具は小型の携帯版を持ち歩いている筈だが、ここで解呪するよりも父親の前でやる方が反応がフレッシュで良いと思ったのかな?
「あれは・・・ダルベール伯爵の次女だ。
偶々妹のお茶会で知り合ったのだがとても賢くて話の合うご令嬢だからちょっとお茶に誘った」
何故か微妙に言い訳がましく説明された。
というか、本人的にも一回り以上年下の少女をお茶に誘うのは微妙だと感じているようだ。
「そう言えば、フィダルト卿も近いうちに婚約なさるという噂を聞いた覚えがありますが、彼女とですか?」
ファルナがさり気なく尋ねる。
「・・・いや。
婚約の話が進んでいるのは別の家だが・・・そちらは、父と相談して、断ることに、なるかも・・・知れない」
妙に間が多い。
ふむ。
呪具で洗脳状態になると矯正された部分に無意識下で納得していないと、こんな話し方になるのか?
だが微妙に納得していないにしても社交界に話が流れている婚約を止めようなんて、呪具の効果がそれなりに効いているのだろうか。
まあ、ちょっと幼いとは言え、大人っぽい化粧をしたら十分くらっと来てもおかしくはない美少女だからなぁ。
単に綺麗な顔に誘惑されて迷っているのに近いかも知れない。
そんな事を考えている間に、王宮へ辿り着いた。
ファルナの身分証明は中々無敵で、辻馬車だっていうのに殆ど誰にも止められずに王宮の中に入っていけたぜ。
俺まで入れちゃって、いいんかね?
南館の上の階にあがり、部屋の前に立って居た若い兵士にごにょごにょ何やら話したと思ったら、あっという間に俺たちはお偉いさんの執務室っぽい部屋に入っていた。
考えてみたら、侯爵とかって王宮で何をしているんだ?
領地の管理で十分以上に忙しいんじゃないかと言う気がするが、王宮に執務室があるってことは何かそれ以上に役割があるんだよな?
シャルロの親父さんも長男と交代で王都に詰めているようだし、高位貴族って何か王宮での責務もあるのだろうか。
「キルスタン。
どうしたんだ、急に?」
執務机の所で書類を読んでいたっぽい初老のおっさんが顔を上げて尋ねる。
「初めまして。国軍にて現在特務捜査官に任命されているファルナ少佐と申すものです。
今日は緊急で侯爵とフィダルト卿にお話しする必要があって、卿に協力して頂きました。
実は、最近になって去年東大陸から入ってきた呪具を惚れ薬代わりに使う人間が出てくるようになりまして・・・。
どうもキルスタン殿もその被害にあわれたようです」
そう言いつつ、解呪の魔具を三男の顔の前に持って来て、ファルナがそれを起動させた。
とは言っても、心眼持ちならまだしも、普通の人間には何も見えないから格好つけてやってもあまり見栄えはしないんだよなぁ。
本人にそれなりに感覚の違いが感じられたらいいんだが。
アファル王国では爵位を有する当主はフィダルト侯爵、それ以外の子供はフィダルト卿と呼ばれる慣習です。
もしも下位の爵位も持っている場合はフィダルト子爵といった感じに先にそちらを嫡子に与えることもあり。