734 星暦556年 橙の月 12日 確認したら、ヤバかった(12)
むっつり黙り込んでいた次男だが、やがてふうっと深く息を吐いて顔を上げた。
「彼女の家族がどこか別の地域で中堅商会としてやり直すだけの伝手と資金を保証してくれ。
俺に関しては・・・適当に何か新しい名前で仕事をくれればそれでいいし、消えろというのなら適当に自分で仕事を見つける」
奥さんとそのうち子供の分まで金を稼ごうと思うなら、ついでに何か資金か仕事かに関して交渉した方が良いぜ~?
確かに有能かも知れないが、伝手もないよそ者が稼ごうと思ったら裏社会の仕事しかないなんて事になりかねない。
飢える思いをせずに最初から裏社会で親の手伝いをしていたせいか、こいつは表の社会でよそ者が仕事を見つけることの難しさを分かっていない気がするが、大丈夫なんかね。
なまじ有能だから、あっさり裏社会に後戻りしそうだが。
ある意味、ちょっと珍しい種類の『お坊ちゃま』だな。
「ふむ。
貴方には男爵家の違法活動部分と事業で関わりを持った全ての犯罪組織を狩り尽くすのを手伝って貰った後は・・・取り敢えずは暫くウチの騎士団で書類作業を手伝いかしら。
軍ってどうしても脳筋が多くて書類作業をおざなりにする人間が多いのよねぇ。見張るついでに仕事もやらせておけば皆ハッピーでしょう」
ファルナが提案した。
それが一番無難そうだな。
「ちゃんと父親が黒幕だっていう証拠はあるのか?」
口頭で命じていただけだったら水掛け論になるぞ?
幾ら組織の人間全てが影の権力者が誰なのか分かっていたとしても、証拠がないならば大抵の人間は証言して大ボスを売って報復を受けるより、そこまで熾烈さが無い次男を売る。
これで父親に対して子供たちが共同戦線を敷いているっていうなら邪魔な旧体質な父親を追い出すために跡継ぎに協力するっていう動きもあるかもだが、長男がお綺麗な『貴族』路線で生きているならまだ次男による下剋上は準備出来ていなかったからこそ好きな女の事も諦める羽目になったのだろう。
そうなると、どう考えても父親よりも息子の方が売った際の危険が少ないと思われるだろう。
実務担当の男だって比較的あっさりこいつを売ったし、『有能』ではあっても『危険』ではないんだろうなぁ。
裏社会では有能さよりも報復の情け容赦無さとか行動の予測不能さの方が、下を裏切らせないのに役立つ。
乗っ取った男爵家で『成金』と散々馬鹿にされた父親に比べて、既に馬鹿にするような人間を金で締め上げて表立っては誰も足蹴に出来ないだけの権力を手に入れた父親の息子として育った此奴の方が生ぬるい環境で育っただけ、『お坊ちゃま』で手ぬるいんだろう。
まあ、その分欲張らずに愛する(多分?)女と平和にさえ暮らせるなら軍なり国の機関なりで大人しく働きそうだから、協力させた後に関してあまり心配しなくて良いか。
「父は夜間に忍び込む人間がいないかを調べるために屋敷の部屋の幾つかに映像を記録する魔具を設置している。
日中もそれなりに記録しているから、その一部の魔石を抜き取ってある」
肩を竦めながら次男が言った。
マジか。
とうとう俺たちの映像記録用の魔具をそう言う意図で使う人間が出てくるようになったかぁ。
携帯できる通信用魔具も盗聴に使われるようになったし、映像用の魔具もそのうち情事とか悪事の相談場面を記録して脅迫に使う人間が出てくるだろうとは思っていたが。
しかも夜中の侵入を確認する為に使われるとなったら、今まで以上に周囲の魔具の有無には注意しないとだな。
基本的に侵入なんてしない筈だけど。
どっかのお偉いさんがアホでまた危険な手紙をなくしたりしなければ。
「あら、斬新な証拠ね。
だけど大丈夫なの?
この屋敷には隠されて無いわよね?
そろそろここに捜査が入った情報が流れるわ。あなたの資産とか隠している情報とか、今頃根こそぎ奪われているんじゃない?」
ファルナが尋ねる。
次男が上手く逃げられればまだしも、人身御供に差し出すなら次男の財産も国に没収される前に父親が毟り取って隠す可能性が高い。
となると次男の個人的な隠れ家にある情報も一緒に持って行かれているかも知れないな。
「まあ、あの手紙が見つかるぐらいだから隠し場所が見つかる可能性もあるが・・・少なくともこれで俺がトップじゃないことは証明できると思うぞ」
次男が内ポケットからケースを取り出し、それを開けて見せた。
肌身離さず持っているとは凄いな。
掏られたらどうするつもりだったんだろ?
どんどんウィル達の発明品でファンタジーだった世の中が現代風監視社会になっていく・・・;