728 星暦556年 橙の月 12日 確認したら、ヤバかった(6)
サブタイトルを変えました
ファルナと一緒に通りを歩いていたら、やがてちょっとおしゃれな垂れ幕でプライバシーを守っている感じな出店が目に入ってきた。
売っている物を通りすがりの歩行者に見せようとする出店が殆どな中でちょっと目立っているし・・・何よりも、中に大量の呪具が置いてある。
「あれじゃないか?」
ファルナの腕に軽く触れて注意を引き、出店の方を顎で指す。
「・・・確かに出店で垂れ幕って珍しいわね」
ファルナが頷き、他の役人やら警備兵に合図を送って近づこうとしたところで、若い女性が一人、出てきた。
客か?
一瞬、まだ呪具を使っていない通りすがりに覗き込んだだけなら逃がしても良いかと思ったが、良く見たら動きが怪しい。
こう、こそこそせずに横目で周りを見回す裏社会特有の動きをしている。
へぇぇ。
今回の下っ端売人は女なんだ。
まあ、こういうお呪い系の客は女の方が多いだろうから、売るのも若い女性の方が気軽に客が声をかけやすいだろう。逆玉狙いの男やジゴロも客層に含まれるだろうが、開き直って女を食い物にする男なら女から誘惑用の呪具を買うのも全然気にしないだろう。
何と言っても多少は治安の悪い裏通りで垂れ幕の中の他から目が届かない場所で二人きりになるのだ。
男が相手では顔を突っ込んでも直ぐに逃げる女客も多そうだ。
「売人が逃げようとしてるぜ?」
女を客だと思ったのか役人の一人に足止めする様身振りで示し、残りの人員で出店の中に突入しようとしているファルナに声をかける。
ここで売人を逃がしたら王都に帰るのが遅れる。
役人の逮捕劇がどうなろうが知った事じゃあないが、俺が巻き込まれるんだったらさっさと効率よく犯人は捕まえてくれ。
「!!
ジャレット!その女性を逃がさないで!!」
ファルナが鋭く役人の横に居た警備兵に命じる。
ギリギリだったな。
がつっと役人の急所を蹴り上げてさっさと逃げようとしていた売人の女をジャレットとやらいう警備兵がタックルして捕獲した。
掴まるんだったら今の攻撃は賢くないなぁ。
一気に役人側の印象が悪くなったぞ?
一応女性の役人も居なくはないが、逮捕とか治安関連の役人は男の方が圧倒的に多いのだ。
逮捕される際に男の急所を躊躇なく蹴ったと知られたら誰一人としてあの女の周りで気を緩めないだろうし、『誰かに騙されていたんだろう』という同情心も湧かない。
折角女なんだ。
何も知らないで騙されたふりをする為にも、あまり情け容赦ない攻撃で逃げようとするよりは『突然追いかけられて怖かったんですぅ~』で通用する程度の反撃に抑えておいて、攻撃をするならもっと後に周囲に人がいない状況でするべきだったな。
女がしっかり確保されたのを確認してファルナが垂れ幕を上げて中を覗き込んだところ、この時間帯はまだ客が来ないのか、中には誰もいなかった。
「そこの箱の中に大量に呪具が入っているぞ」
全部の荷物を調べればすぐに分かるだろうが、時間の節約も兼ねて先に指摘しておく。
まあ、黒幕探しの為にこれから警備兵か役人がこの出店の中を虱潰しに探すんだろうが。
少なくとも出店なので隠し部屋とかは無いし・・・隠し金庫や隠し引き出しも無いな。
取り敢えずここで俺がやることは無いようだから、捕まってロープでぐるぐる巻きにされている女の方へ行った。
「よう。
知ってたか?
『恋愛関係のちょっとした惚れ薬モドキ』と思って売っているつもりなのかも知れないが、実はあの出店で売っているのは洗脳用の呪具で、東の大陸から密輸入された禁忌の品なんだぜ。
だから王家も魔術院も軍も本腰を入れて呪具の販売網を徹底的に洗う予定だ」
俺の言葉を聞いてロープを緩めようともぞもぞ動いていた女が動きを止める。
「そうなると下手に義理立てしたり、ごねて上の人間が逃げる時間を稼いだりしたら、ほんの少しの覚えている『かも』知れない情報を搾り取る為に拷問を受けたり魔術師に頭の中を完全に洗い流されて廃人になるかも知れないな。
それだけの危険を犯すに値する報酬を前払い金で貰っていたと期待しておくぜ?」
下層の人間なら、お偉いさんが本腰を入れて犯罪網を叩くと決めた際の情報収集の情け容赦無さはよく知っている。
上手いこと情報を提供する交渉が出来れば、金を貰える上に報復する犯罪集団も根こそぎ捕まって大円満な終わりになる事もある。が、大抵は情報を絞りとる為の拷問でボロボロにされ、体も碌に動かないような状態で捨てられてスラムの道端で野垂れ死ぬ事になる。
前払い金を多めに貰っていたとしても、それこそ家族の治療費にでも使ったって言うんじゃない限りその金を活用出来る可能性はほぼ皆無だ。
『洗脳用の呪具』と聞いて青くなった女は、その後の情報収集で行われるかもしれない拷問の話を聞いて更に血の気が失せ、幽霊のごとく白くなった。
「西通り3番の5よ!!
警備兵の詰め所にはあいつの手の人間が居るの、先に詰め所で逮捕の手続きをしてから行ったんじゃああいつはとっくのとうに逃げてる!!
このまま直ぐに行けばまだ逃げていないかも知れない、先にそっちへ!!!!」
必死になって俺に縋りつこうと身体を動かすが、ロープが邪魔で単に道の上で蓑虫のようにバタバタするだけだった。
が。
確かに詰め所に連れて行っていたらさっさと逃げられてそうだな。
こんだけ人目があるところでの逮捕劇だし。
「口封じされない様にこいつもしっかり守っておいて、取り敢えず先にその西通り3番の5とやらに行こうぜ?」
ファルナに声をかける。
後で開放するにしても、今はしっかり確保しておかないと死人に口なしとばかりに全ての悪事を売人に押し付けられても困る。しっかり下っ端の確保と上の人間の逮捕とを同時進行でやっておかないと、俺の年末予定に差し支えるからね。
さて。
この街以外での販売が広まっていないと良いんだが・・・。
ちょっと『確認作業』と言うのは淡々としすぎかな〜と思ってサブタイトルを変えました。