726 星暦556年 橙の月 12日 確認したら、ヤバかった(4)
待っている間に暇だったので被害者の船乗りと今まで行ってきた色々な港の話を聞いていたら、ファルナが宿屋の若い女性を連れて戻ってきた。
「ちょっと最近のこの街のことについて聞きたいんだけど、こう・・・急に気が無かった相手を振り向かせた人の話とか、男女の仲を取り持つようなお呪いの噂とか、聞いたことない?」
席に着かせ、お茶を出しながらファルナが女性に尋ねる。
まさか洗脳用の呪具を誘惑用に使っているのか???
美人の女を振り向かせたいならまだしも、男を誘惑するなら酒とそれとなく見せた谷間や、そっと『うっかり』触れさせる胸だけで十分墜ちるって下町の姉ちゃんたちは豪語していたけどなぁ。
まあ、そういうさり気ない誘惑が苦手な人間が金で買える呪いを頼ろうとする可能性はあるのかもだが。
でも、呪具で誰かを誘惑しても空しいだけじゃないのか???
ファルナの質問に驚いた女性だったが、ふと考え込むような顔になった。
「そう言えばここ数か月の間に、意外な人が浮気をしたって話は何度か聞きましたね。
土下座して謝って元に戻った人もいますが、子供が出来たという事で浮気相手と結婚することになった人もいます。
あれって単なる浮気じゃあなかったんですか?」
ちょっと嬉しそうに女性が聞いてきた。
もしかして彼女も誰かに浮気されたのかね?
呪具のせいじゃなくって単なる普通の浮気の可能性も高いぞ?
「去年から、定期的にギルドや役場の掲示板の所に行って洗脳の呪具に掛かっていないか確認して解呪をするようにって告知されているでしょう?
もしかしたら洗脳の呪具を使ったら誘惑するのにも役に立つかも・・・と思うんだけど、『好きな人に振り向いてもらえるお呪い』とか『恋愛問題で相談すると凄く効果のある占い師』みたいな話を耳にしたことはない?」
ファルナが更に尋ねる。
確かに、業務機密を尋ねるのではなく誘惑に使うのだったらふらっと心が動いても呪具のせいか、単なる浮気心のせいか、分かりにくいだろう。
直接金に繋がらない誘惑なんぞに呪具を買う人間がいるのかとも思ったが、若い女性だったらあり得るかな?
しかも上手くやって子供が出来れば相手を結婚に追い込むことも可能な場合もある。
解呪した後に捨てられたら『婚姻前に子供を作った身持ちの悪い女』って評判がたつ上に扶養家族持ちになるからそれなりにリスクは高いが。
そう考えると、普通の一般市民よりも貴族とかの方が誘惑に使われる可能性が高いんじゃないかね?
国家機密や大きな領地を切り盛りするような人間は常時解呪用の魔具を持っている可能性が高いが、まだ若い子供世代だったら持ち歩いていないのも居るだろう。
まあ、心が動いたからと言って定期的な解呪の前に事に至ってしまう程うっかりな人間は少ないかもだが、婚約者とかが居る場合はちょっと人前でいちゃつく程度の浮気でもそれなりにヤバいだろうし、何度も繰り返されたら相手のことを好きなのかもと誤認する可能性すらある。
「ここ以外の港で誰かが妙に魅力的に思えた事ってあった?」
それなりに整った顔だし、他の街でも誘惑されている可能性が高いとみたのか。
とは言え、船乗りは肩を竦めただけだった。
「むさい野郎ばかりの船旅の後なんだぜ?
会った時はむしゃぶりつきたくなるほどいい女だと思ったのが、一晩経ってみると思ったより普通だなってなるのはいつものことだからなぁ・・・。
特に普段と違いがあったとは思わないが、違いがあっても気が付いたかは怪しいな」
あの女はこの男相手に呪具なんぞ使う必要は無かったようだ。
ファルナは小さくため息を吐いたが、気を取り直して立ち上がった。
「分かったわ、どうもありがとう」
男からはどこで女に会ったのかを確認し、宿屋の若い女性にはちょっと小銭を握らせて今回の件についてファルナが良いというまで他の人間と相談しないよう言い含めて二人を解放した。
「さて。
ちょっと想定外で面倒な新しい販売路を見つけた人間がいるみたいね」
嫌そうな顔をしながらファルナが言った。
「ちなみに王宮とか騎士団とかって、入り口や食堂に解呪用の魔具を設置していないのか?
この呪具が誘惑用に出回ったら数日おき程度の解呪じゃあそれなりにハニートラップに引っかかる連中が出てきそうだが」
男女の関係なんて思い込みや誤解で盛り上がる事が多いらしいからなぁ。
機密漏洩の質問と違って、誘惑のアプローチじゃあ解呪しても呪具を使われたって気付かないことが多いだろうし。
どこまでこの新しい販売方法が広がっているのかねぇ?
今まで見てきた港街では特に目に付かなかったが・・・。
範囲を調べるために浮気調査を国が始めたら阿鼻叫喚になりそうだ。
乙女ゲームみたいな事件がショートバージョンであちらこちらで起きてたり?