723 星暦556年 橙の月 5日 確認したら、ヤバかった
「土産じゃ」
ウォレンのジジイが翌日に現れた。
何やら見たことが無い店の箱を持っていて、開けてみたら焼き菓子ではなく生菓子だった。
クリームが中々芸術的に渦巻いた小さなケーキが沢山。
どうやら小さいのを・・・工房の人間に一人2個ずつと、家族や近い人間へのお裾分け分かな?10個程入っている
「あ、これピルチェの生菓子じゃん!!
予約できないから2刻ぐらい並ばないと買えないのに!」
流石シャルロ。
詳しいな。
これだけ嬉しそうという事は美味しいんだろう。
生菓子だから残念ながらシェイラへのお裾分けは無理だが。
「うむ。
賄賂代わりじゃからの、入手し難い物の方が良かろう?
騎士団の若いのに開店前から並ばせた」
シャルロにほわほわと笑いかけるジジイ。
情報部とは言え(多分)、王国の誇りたる騎士団に折角入れた若いのが、上司(かも不明なジジイ)からの命令で朝早くから甘味処の前で並んでケーキを大量に買う羽目になるなんて・・・可哀想に。
まあ、情報部だったら色々と変なことをやらされることも多いのかも知れないから、他の戦闘メインな騎士団員に頼むよりはマシかな?
「賄賂代わりということは・・・またウィルに依頼ですか?」
アレクがちょっと微妙な顔をした。
まだ足先部分を温めるバージョンの改良が残ってるからなぁ。
やはり2人で考えるよりも3人で色々アイディアを出し合う方が良いんで、2人だけだと開発速度が遅くなるんだよね。
「うむ。
申し訳ないが、去年設置した解呪用魔具がちゃんと利用されているかのチェックをもうそろそろしたいのでな。
今ぐらいの時期になると年末の締めに向けて誰もが仕事場に顔を出すようになってくるから丁度確認に良いんじゃ」
あまり悪いと思っていないような顔でウォレン爺が説明した。
「それこそ、解呪用魔具を貸し出しにしてボーナス通知時に問答無用で全員解呪していけば良いだろうに」
街を歩いている人間を視認で確認するなんて、効率が悪すぎるだろ。
いくら年末に向けて職場に出る人間が多くなったからと言って、そいつらが俺が調べる広場前を通るとは限らないんだし。
「今の時期だと収穫祭などをやっている街も多いからな。
それと合わせれば何とか大体の方向性は見えるじゃろ?
去年よりも早く始めるし、国境と海沿い以外の街や村はサンプルを此方で選んでおくから年末までにちゃんと依頼する分は終わる筈じゃ」
契約書と、多分行先の街のリストが書いてある紙とを取り出して俺の方に突き出しながら爺さんが言った。
確かに呪具の問題が発覚してから1年近く経ったが、別に今チェックしなくても良いんじゃないかね?
来年明けとか、来年の夏休みとかでも良いじゃないか。
「年初の方がもっと人が出歩いていませんか?」
アレクがちょっと首を傾げながら聞いた。
「年初の数日はそうじゃが・・・その数日で全ての目的地を回るのは不可能じゃからな。
第一、部下もウィルも年初に働けなんて言ったらキレてしまうじゃろ?」
ウォレン爺が笑いながら応じた。
確かにな。
他の人が年初の休みを楽しみながら街を練り歩いている時に、軍部に押し付けられた仕事の為に只管人の頭を視て過ごすなんて絶対御免だ。
「じゃあ、夏休みあたりはどうだ?
仕事場に籠っているよりもあちこち歩き回っていて目について良いんじゃないか?」
夏は仕事もあまりやる気が起きないしなぁ・・・。
「突発的に街に遊びに来ている人間が多いと、町全体の解呪率が分かりにくくなるじゃろうが。
今が一番良いと情報部や治安部隊のトップが相談して決めたんじゃ。
報酬はしっかり出すから、諦めて付き合ってくれ。
なんだったら寝袋の導入に関しても騎士団の上の方に口を利いてやっても良いぞ?
まあ、これは実物を使った奴らの感想を聞いた結果にもよるから約束は出来ないが」
ジジイがアレクを釣る。
負けたな・・・。
「しかも今年は空滑機の改造版が出来たから、あれで4人と荷物を運べば済むから移動も便利になったし。
あれは中々良い魔具じゃな。
騎士団の方でも幾つか買ったぞ」
ウォレン爺が続けた。
なるほど。
今年は去年程大きな案件じゃないから護衛役も併せて3人連れて行けばそれで良いという事か。
4人だったら空滑機改で全員一気に荷物ごと運べるな。
荷物は少なめにして貰う必要があるが。
まあ、待ち時間が減って効率的に動けるなら、休みにシェイラの所に遊びに行くのも問題が無いだろう。
多分。
足元の暖かい寝袋の改造は・・・シャルロ達に頑張って貰おう。
宿屋の状態が悪い事も考えて、新しい寝袋も一つ持って行こうかな・・・。