720 星暦556年 黄の月 23日 もうそろそろ涼しい(8
「う~ん。
軍への売り込みは確実性が重要だからなぁ。
今まで魔具に使ったことが無い素材を利用して何か問題が起きたら影響が大きいし、軍部も嫌がる可能性が高いぞ?」
ゴムを金属板の代わりに魔術回路の基盤に使ってはどうかと言う提案を聞いたアレクがちょっと難しい顔をした。
普通の商会への売り込みだったら、ちょっと問題が起きても補償して替えの魔具を無料で渡せばそれ程の大問題にはならない。
基本的にある程度の使用は大丈夫なことを確認してから売り出すのだ。
1年以上経ってそれなりに酷使した後に壊れた場合、大抵は新しい物と交換すれば購入者はそれなりに満足するし、引き取った故障品を調べることで何が問題だったのかを調べて改善すれば良い。
が。
軍部への売り込みの場合、何らかの軍事作戦中に問題が起きたら兵なり民なりの命に関わりかねないから、『新しい代替品を渡す』では済まない事態が起きかねないし、一気に戦闘区域で大量に代替品が必要になってもそれを提供できない可能性も高い。
新しい魔具として売り込んだ防寒と防御機能付き結界は故障しても『以前の無かった状態に戻る』だけなので文句は出るだろうが信用問題とまではいかない。
だが現在使っている寝袋を新しい魔具タイプの寝袋に交換させた後に問題が生じたら・・・破棄する前の寝袋の方が良かったという事で、新しい寝袋を売り込んだシェフィート商会の信頼は大暴落だ、とのことだった。
「だったらさ、魔具式の寝袋その物が新しいって言う状況は変えようがないんだから、売るのは諦めて『新しい魔具を開発中なんですが、問題点の洗い出しに協力して欲しい』って言ってゴムを使った寝袋と金属板を使った寝袋とを50個ずつぐらい軍に試用に提供して、1年間荒っぽく普通の寝袋と同じように使ってどうなるか、試してもらったら?
壊れたら壊れたのを返してもらうし、壊れなかったのも回収してどこら辺が痛んでるか確認、後は使用者の感想や希望も聞いたらより良いのが出来ると思わない?
新しいのを試すのに前向きじゃない人も、無料の試用品だったら文句を言わないだろうし、使い勝手が良かったら兵の方が是非購入を!!って希望を上げてくれそうじゃん?」
シャルロが明るく提案した。
「50個ずつ、計100個??
ちょっと多くないか?」
思わず口を挟んでしまう。
無料で試用品をバラまくなら10個ずつぐらいで十分じゃね??
思わず費用をケチろうとした俺に比べ、アレクはシャルロの考えに賛成のようだった。
「いや、軍部に実際に売り込めれば何千個と売れるんだ。
そう考えると100個の試用品なんて十分費用として許容範囲内だし、ある程度の数が無ければ例え兵に人気があっても既存の業者からの購入を止めさせるのには弱い。
取り敢えず、試作品を造り・・・試用品提供に関する費用の分担はシェフィート商会とも相談してみよう」
「ふうん。
まあ、良いけど。
試用品で売り込むつもりなんだったら、急いで完成させて早いうちに試用品の数もそろえて提出する話も纏めておかないとな。
暖かくなってから提供してもテストにならんだろ」
俺たちが開発する大抵の魔具は1月程度で出来上がることが多いし、今回は特に新しい機能を開発する訳ではないのでそれ程時間はかからないだろうが、下部のマットレス素材とか、合計100個の試用品の製造とか、それなりに時間が掛かりそうな部分もある。
「ウォレンおじさんに話して、急いでゴムの入荷先を聞かないとだね」
シャルロが言ったら、アレクが首を横に振って素材置き場に置いてあるノートを手に取った。
「一応開発に使うかもしれない素材だからな。
新しい物は全て入荷先、購入費用、おおよその輸送費等々は調べさせてある」
凄いね、流石アレク。
試す前から調べてあるんだ。
まあ、使ってみて良いね~と盛り上がっても製造に掛かる費用が分からなければ商品化できないからな。
工房に置いてある素材に関してはそう言う情報は全部揃えてあるのは知っていたが、お土産で貰った素材まで調べているとは思わなかったよ。
頼りになるね~。