072 星暦550年 桃の月 4日 保存庫
「いよいよ最後の魔具づくりだね」
シャルロが隣の席に座りながら声をかけてきた。
「どうせならもっと早くにやってくれたら、個人用の保存庫と凍結庫を部屋に置けたのに。何だってこれを最後に回したんだろうな?」
「それなりに複雑なんだろう。ウィルみたいに部屋に置きたい人間も多いだろうから、失敗して後から爆発するようなことになったら困るし」
シャルロの後から入ってきたアレクが口をはさむ。
「火器ならまだしも、保存庫と凍結庫で爆発なんてするかね?」
「凍結庫の場合は作り方を間違えると、中に入れた食材から抜き取った熱が溜まった部分から自然発火することはあるらしいよ」
シャルロが答えた。
へぇぇ。
保存庫は停止魔術を徹底的にかけるだけなのでそれ程でもないだろうが、凍結庫は抜き取った熱を破棄するなり蓄積するなりしなければならないから危ないのかもしれないな。
ニルキーニ教師が教室に入ってきた。
「席に付け!
まず今日は、保存庫作りから始めるぞ」
保存庫とは以前は凍結庫劣化版の形で作られていた。中身を冷やすことで腐敗を遅らせ、中に入れておいた飲み物やデザートを美味しく食べさせる。
だが、冷やすだけではモノは結局のところ悪くなる。
2日で腐る(夏だったら1日かな?)食材が、冷やすことで一週間近く保つと言うのは悪くは無い結果ではある。
しかも食材から熱を奪い取る冷却式の場合、その抜き取った熱をある程度近くに捨てざるをえず、暑い夏の部屋が更に暑くなると言う悪循環も生み出した。
そこで作られたのが停止式の保存庫。
食物は時の経過とともに腐敗する。
では、時の経過を遅らせてはどうか。
実際の時を遅らせることは出来ないが、分子レベルでの動きを禁じる『停止』の術をかけることで化学反応や雑菌の繁殖を抑え、食品の劣化を遅らせることが出来るのだ。
直接食材に停止の術をかければ食材は1カ月以上保つ。だが、当然のことながらそれは魔術師にしか出来ないし、それなりに手間がかかる。
そこで箱に強力な停止の術をかけ、その術の有効フィールド内に食材が置かれるようにデザインしたのが保存庫だ。ちゃんと作った場合、大体20日程度食材が保存できるようになる。
ちなみに、停止式の保存庫のアイディアを思いついて必要な術回路を魔術院に登録した魔術師クリタス・ヴァルトは億万長者になって優雅なリタイア生活を送っているらしい。
羨ましいねえ。
「保存庫を作る際に気をつけるのは、保存庫のサイズだ。大きすぎては停止の術が効かず、かといって小さすぎると自分が入れたい食材全部をしまうことが出来なくなる」
一通り製品についての説明をし終わったニキーニが注意点を説明する。
「術回路に関しては当然工夫が可能だがとりあえず今回はこれを参考にしてくれ」
術回路図を前に張り出す。
「保存庫そのものの素材は木でも石でも金属でも可だが・・・密封性が高い方が効果的だと言っておこう。それぞれ研究しながら明日までに試作品を作るように」
ふむ。
密封性ね。
重さなどを考えると金属が一番いいか。
教室の前に置いてある見本の保存庫を視る。
箱の6面に術回路が巡らされいる。
後ろに取り付けられた魔石が動力源。
中の魔力の流れが視たいが・・・何も入っていないと難しい。
「何か食べ物持っていない?」
シャルロに聞いた。こいつって良くつまみ食いするお菓子を持ち歩いているんだよな。
まあ、別に食べ物じゃなくても中にモノを入れれば停止魔術が掛かる様子が視えるんだろうが。
「これなんてどう?」
ケーキが出てきた。
しかも停止魔術のかかった布に包まれているし。
「へぇ、これってこないだダルノ商会から売り出した保存包だな。使ってみた感想は?」
アレクが布を取り上げて眺めてみる。
この布は魔石を織り込んだとのことでそれなりに高い上に、魔力を自力で再注入出来なければ数月で効果が切れるとの話なのだが、金持ち層には便利だと人気らしい。
「悪くないかな?ケーキが湿気ないね。ピクニックの時なんかも一々バスケットに停止魔術をかけなくて済むし」
なるほどね。湿気るのも防げるのか。
興味深いが・・・本当は普通な状態の食べ物の方が良かったんだけどな。停止魔術の働きが視やすいから。
ま、しょうがない。
ケーキを取り出し、アレクが差し出したハンカチにくるんで保存庫に入れる。
ふむ。
流石に反応が早いな。あっという間にケーキ全体が停止していく。
だが・・・端の方が真ん中辺より利きがいい。
角の部分では魔術が重複しているのかな?
重複をわざと増やして効果を強くするか、それとも減らして一様に効くようにするか。
一様に効くようにした場合はどうやって中に入れるモノに対して同じだけの効果を与えさせるか。
ちょっと幾つか術回路を作って試してみよう。
前話で言及した召喚術に関しては色々と感想でアイディアを貰いました。
ありがとうございます。
ちょっと私の世界像と一致しないので直接は使えませんが、間接的に活用させていただきます。
・・・とは言え、台所用品の話が終わってからなんですけど。
ちなみに、桃の月は日本の12月ぐらいな季節です。
本当はクーラーを作る話にしようかと思ったんですが年末が夏と言うのも何とはなしに抵抗があった為、冷蔵庫その他になったんです。
話
の中の夏の時期になったら部屋を涼しくする話も書きたいんですが・・・考えてみたらウィルは清早が助けてくれるから暑くても大丈夫なんですよねぇ。
アレクに依頼でもされてと言うことにしますかねぇ・・・。