719 星暦556年 黄の月 23日 もうそろそろ涼しい(7)
「取り敢えず、発熱と余剰魔力吸収の主な部分の魔術回路を出来るだけ小さくして、差し込み式の板にでも設置できないか試してみようか。
範囲指定の分の回路はちょっとぐらい曲げても大丈夫でしょ?」
シャルロが丸めた寝袋にぐい〜っと寄りかかりながら言った。
今回の魔具の様に魔術の効果を広く発現したい場合、魔術回路は魔力の流れで欲しい機能を定義づけして動かす主たる部分と、効果(発熱や余剰魔力の吸収)を発現させる範囲指定の部分とに分かれる。
範囲指定の部分は単純な線に近いので、主な魔術回路部分との接続部分にさえ気を付ければ、多少力を込めて丸めても破損することは殆ど無い。
そして魔術回路の接続部分は取り外し可能な形の板に設置した魔術回路を範囲指定の線に繋ぐ形にも出来るので(この方が魔術回路の職人と、本体の職人が別々に作業出来て製造効率がいい)、丸める際に魔術回路の主要部分を外してやるようにすれば確かに破損の可能性が大分下がるだろう。
「そうだな。
ベルトでも付けて丸めやすい様にして、ベルトの留め具の傍にでも主要魔術回路部分の板を仕舞うポケットを付ける形にしたら良いんじゃないか?」
外せるようにして、なくしたりうっかり踏んで割ったりしたら目も当てられない。
魔術回路部分を絶対忘れないように、ベルトに紐付けでもしておくと更に良いかも知れない。
「取り敢えず、この寝袋を切ってパディン夫人に側面側でスナップボタンで留める形に修正してもらっている間に魔術回路を作ってみようか。
寝袋の中身の改造は取り敢えず発熱型にしたらどのくらい変わるかを試してみてから具体的に考えよう」
アレクが鋏を取り出しながら提案した。
「おう。
良いと思うけど、鋏で切る段階からパディン夫人にお願いした方が良いんじゃないか?」
切り方とかで端っこの処理とかが楽になるかも知れないし。
ガキの頃に、適当に入手した服の裾をぶった切って着ていたら、糸がボロボロ出てきて色々と面倒だったんだよな。
スラムの孤児仲間に教わって端を縫って適当に処理したが、何度か失敗したせいで成功した頃には少し育っていてつんつるてんになってしまって動きにくくなり、結局別の服を入手する羽目になった。
そう考えると、寝袋にしても端の処理とかが楽になる切り方があるかもしれない。
多分。
「分かった。
じゃあこれを渡してくるよ」
2つほど寝袋を手にアレクが工房を出て行った。
もう一つあるのでサイズを確認したりするのにはこれで足りる。
「2人用の寝袋って無いよねぇ?」
シャルロが微妙な顔をして手に持った寝袋に目をやった。
「少なくとも軍部用のではないだろうな。
寝付く時は諦めてしばらく別々に寝るんだな。
ケレナがベッドで寝て、シャルロが寝室の床で寝ればそれ程寂しくないんじゃないか?」
というか、直ぐそばで寝るのにベッドを独り占め出来てケレナが喜ぶかもだぞ?
シャルロはそれ程寝相が良い訳でもないからなぁ。
シャルロ曰くケレナも時折毛布を独り占めすることがあるらしいので、お互い様らしいが。
「そう言えば、こないだウォレンおじさんがくれたお土産で、南方の木の樹液から作る『ゴム』とかいう素材があったんだけど、あれってそこそこ固いけど多少は曲がるし、水も通さないみたいだからこれの魔術回路の板に良いと思わない?
鉄版の方が頑丈で薄いだろうけどそれなりに重いし、肌に触れたら寒いし。
木板は薄くすると割れる可能性があるし、曲がっても大丈夫なゴムの板って理想的じゃない?」
ふとシャルロが工房の隅にある素材置き場の方へ行きながら提案した。
そう言えば、沈没船探し(海底神殿発掘になったが)から帰って来た頃に、遠出していたとかいうウォレン爺から珍しい素材とか魔具のお土産を貰ったと言ってシャルロが色々と持って来て素材置き場に積んでいたな。
魔具は目を通したが、素材の方はおざなりに見ただけだったのだが、そんな便利な素材があったっけ?
魔術回路の基盤に使って大丈夫なのか、その素材の出所にでも確認した方が良いかも知れない。
物によっては素材って長期間魔力に晒されると変質するのもあるからな。
割れるとかだったらまだ良いが、発火しやすくなるなんてことがあったら不味い。
魔力に特に影響を受けないなら、うっかり曲げようとしても割れない素材というのは良いかも知れない。
石油は無いけど樹液から作る方のゴムは世界観的にもありと言う事で、登場!