714 星暦556年 黄の月 9日 もうそろそろ涼しい(2)
「どうやって実現するかは別にして、欲しい機能としては、まず寝る時にがっと急いで快適な温度まで温めてくれることだな」
黒板にペン型魔具で書き込む。
「最初に温めた後は体温で温まる分も考慮した丁度いい快適な温度になるように発熱し続けて欲しいね」
シャルロが付け加える。
「朝方に寒くなる頃に発熱量を増やす必要もあるな」
アレクも意見を述べた。
「女性なんかは足が冷えるから首の辺よりも足先の方を暖かくした方がよく眠れるらしいぜ」
シェイラから聞いたことも入れておく。
真冬に暖房が足りない発掘現場で寝る時なんかは、焚火の傍で温めておいた石やレンガをタオルで包んで足元に入れておくとちょっとぐらい寒くても気持ちよく眠れるらしい。
とは言え、明け方になる頃には冷めているので発掘現場では早起きする人間が多いと言っていたが。
「布団ならまだしも、薄い布地で温められるようにするなら洗える素材だと更に良いだろうな」
アレクが言った。
「・・・ちょっと無理じゃない?
っていうか、考えてみたら体の上に掛けるような柔らかい布地に魔術回路を組み込めるかな?」
シャルロが微妙そうな顔をした。
魔術回路は銅線を使うことが多い。
細い銅線を使えばそれ程固くないので、布地に沿って動くから二重の布の間にでも挟み込む形で固定することも可能かもだが・・・魔術回路を縫いこんで固定するとなるとかなり製造に手間が掛かりそうだ。
かと言って、糊で止める形にしたら洗濯どころか汗で濡れるだけで外れて魔術回路が破損しかねない。
「細い銅線を撚った繊維で魔術回路を刺繍するような形にするのはどうかな?
それだったら丁寧に洗って直ぐに乾かせば洗濯も可能な気がするが」
アレクが提案した。
・・・銅線って洗って良いのか??
「つうかさ、銅線って汗の塩分とか脂とかが付着しても大丈夫なのかな?
今まで体に密着するような魔術回路なんて造ったことが無いが、今度のは包まって寝たら場合によっては体重をかけてべったり密着することになるけど」
余剰魔力を吸収する形の魔術回路はベッドの下に敷く形なので、体の傍とは言ってもよっぽどボタボタ滴るほどに汗をかかない限り汗で魔術回路が濡れることは無い。
毛布では足りないけど布団ではまだ暑い時期なんかだと、朝起きた時に寝間着が汗でしっとり湿っている時があるのだ。
寝具として使う暖かい布だって同じく汗まみれになる可能性は高い。
「う~ん。
暖かい布だったら出来るだけ体のすぐ傍に被って、その上から毛布や布団を乗せる形にした方が熱が逃げなくて効率的だろうけど・・・そうすると汗から出た湿気がもろに魔術回路の部分に籠りそうだよね」
シャルロが困ったように言った。
「こうなったら、布は諦めて棒状にでもして、ベッドの中に入れておいて温める形にするか?」
温めた石をタオルで包んで足元に入れておいても気持ちよく眠れるらしいんだ。
暖かい棒を入れて置いたら首元から足先まで温まれるんじゃないかね?
体に密着する布状よりも余剰魔力の吸収効率が悪いだろうが。
「寝るのに邪魔そうな気はするが・・・薄くて平べったい箱みたいな感じにしたらなんとかなるか?
取り敢えず、想定される形の物をベッドに入れて寝てみて、寝るのに邪魔にならないか試してみるか」
アレクがちょっと考えてから合意した。
棒や薄くて平らな板っぽい形状だったら洗濯しようという気も起きないだろうし、ケースの中に入れておけば魔術回路に対する防水機能もあまり気にしなくて済むだろう。
ショウルとか膝掛けに出来なくなるけど。
なんとか日中の体勢でも使えるように出来ないかね?
あと、寝相が悪い人間がベッドから蹴り落とさないようにする工夫も必要だな。
それに、ベッド全体が温まる訳ではないので暖かい布に比べると寝心地はイマイチかも知れない。
寝心地と魔術回路の保全とを両立できる方法があったら良いんだが・・・。
電気毛布とかって洗濯できたんでしたっけ?
出来るとしたら防水加工が古くなってきた時に危なくないのかな・・・?