703 星暦556年 緑の月 30日 久しぶりに船探し(15)
結局、シェイラとの空のお散歩は諦めて転移門を使ってファーグからヴァルージャまで向かい、二人を転移門で連れてくることにした。
ツァレスの魔術院支部から船までの移動を手配するのも面倒だったし、なんと言ってもシェイラがそわそわとしてさっさと神殿探索を始めたいと思っているのが通信用魔具ごしでも分かったからね。
あの状態で空滑機で時間を過ごしても微妙だろう。
海底にある未知の神殿のことを考えていて気もそぞろになっている恋人に、努力してこちらの会話に付き合ってもらいたいほど俺も何か話をしたい訳ではない。
それよりは帰りに景色を楽しみつつ一緒に空を楽しめば良い。
まあ、ギリギリまで神殿で粘ったせいで暗くなっちまって、空滑機を使うのには遅くなりすぎる可能性も高そうだが。
そうなったら神殿を見終わってから適当に美味しそうな食事処にでも行って食事と一緒に会話を楽しむかな?
それに、早朝に空滑機で移動して待ち合わせっていうのもちょっと厳しいしね。
という事で、結局待ち合わせ場所は魔術院のヴァルージャ支部の転移門近くという事になった。
転移門から出てきて目に入ったのは、此方に抱き着かんばかりの勢いで駆け寄って来るツァレスの姿。
シェイラならまだしも、あんたに抱き着かれたくないよ。
さっとツァレスを避けて、シェイラに軽く抱きしめる。
「おはよ」
「おはよう。
今回は色々とありがとうね」
小さく苦笑しながらシェイラが答える。
まあ、無料で専門家の知識を教えて貰うんだ。
お互い様という事で良いだろう。
これで王都の歴史学会に連絡を取ったりしたら、誰が来るかの熾烈な争いが収まるまでどれだけ時間が掛かったか分からない。
ちょっとツァレスが邪魔でも、必要悪という事で我慢しよう。
「さあ、行こう!!!」
俺に避けられたことを微塵も気にせず、ツァレスが転移門の方へ突っ込んでいこうとした。
「まずは必要事項をこっちで書き込まないと」
ちゃんと行先、代金の支払い(もしくは魔力の提供)を転移門が設置してある部屋に入る前にしないといけない。
過去に何度か切実に急いでいたり金が無い人間が目の前にあった転移門に飛び込んむなんて事件があったらしく、今では転移門を見ることが出来るのはちゃんと支払いが済んだ人間だけとなっている。
ちゃんと行先設定が終わっていない転移門に飛び込むなんて、自殺行為だ。
アホンダラが自殺するだけだったらまだしも、変な風に使われた転移門の修理と調整(場合によってはついでに飛び散った血の清掃)はかなり時間が掛かるのだ。
なので今ではそこら辺は非常に厳しくなっている。
魔術師が同行している場合はかなり手続きは早いし、月の終わりとは言え、早朝に混むほどヴァルージャもファーグも人の往来が多い訳ではないので、ちゃちゃっと準備が終わり、半刻もしないうちに俺たちはファーグの街に辿り着いていたけどね。
「そう言えば、今回は屋敷船で来ているって話だったけど・・・探索もそれでやっているの?」
シェイラが小型船に乗り込みながら尋ねた。
「いや、流石にあれを全部海底まで持って行くのは無駄だからね。
この小型船はパディン夫妻やメイドが港と行き来するのに使って、海底探索は中くらいの手漕ぎボートを使ってる」
今回はシェイラやケレナも誘うかもと思ったので探索用の手漕ぎボートはちょっと大きめな中型のにしておいた。
普段はもう一回り小さいんだけど、あれは4人乗りだ。
ケレナとシェイラならまだしも、ツァレスが乗るとなったらどう考えても狭すぎだったから、中型のを選んだのは正しかったぜ。
「お久しぶり~。
そう言えば、こちらは僕の奥さんのケレナ。ツァレスは会った事ないよね?
ケレナ、こちらはツァレス・メンダラス氏。ヴァルージャ近郊のフォラスタ文明の遺跡発掘責任者で普段はシェイラと一緒に働いている人なんだ」
屋敷船に着いた俺たちをシャルロ達が迎えた。
「お久しぶり。
そういえば結婚おめでとう。
神殿に行く途中で詳しく教えてくれると嬉しいが・・・さあ、行こう!!」
ツァレスが足をじたばたさせかねない勢いで焦れていたので、挨拶もほどほどに皆で苦笑を浮かべながら中型の手漕ぎボートへ移った。
まあ、俺たちもさっさと神殿の解説を聞いてみたいからね。
さて。
何か面白い発見があるかな?
転移事故があっても、手の先だけ違う所に転移しちゃったりって程度なら流血は凄くても一応人は死なないのかな?
まあ、罰金とか損害賠償で死んだ方がマシな気分になっただろうけど。