069 星暦550年 緑の月 12日 早すぎ・・・(アレク2)
アレクの視点からの語り、続きます。
「僕って騙されやすいと思われているみたい」
そりゃそうだろう。
◆◆◆
ウィルがさりげなく姿を消した。
父が盗賊ギルドに話を通したことにする為にも、父に連絡をした方がいいだろう。
だがその前に、パニックになっているであろう少年を眠らせた方がいいかもしれない。
盗賊ギルドの人間の顔を見てしまっては不味いだろうし、金庫室を開けるのにどれだけ時間がかかるのか分からないから出来るだけ無駄に空気を使わせない方がいい。
「シャルロ。中の少年に眠りの術をかけられる?」
施錠の術と固定化の術を何重にもかけた金庫室の中に入っている見知らぬ少年に術をかけるのは容易なことではない。だが、ウィルに『すげーぞ』と言わせた精霊の加護があるシャルロならば中の少年に術を届けさせることが出来るだろう。
・・・いざとなれば水精霊に頼んで金庫室の中で実体化して少年を殴って気を失わせてもらってもいいし。
「うん、分かった」
シャルロがそちらに専念している間に店長補佐から紙を貰い、父へ子供が閉じ込められて命が危ないので盗賊ギルドに金庫破りを依頼する件を伝え、それが父経由で依頼されたことにしておいて欲しい旨を記した。
一度破られた金庫って施錠の術をかけ直す必要があるのだろうか?
というか、金庫が無理やり開けられた場合って施錠の術は残っているのか?
・・・後で詳しい報告をする際に父に確認しておこう。
紙を折り畳み、式化の術をかけて父へ飛ばす。
「盗賊ギルドの人ならこれ開けられるって?」
シャルロが後ろから静かに囁いてきた。
「うん?」
主語をつけてくれよ、主語を。ウィルが盗賊ギルドの人間だったって知っているのか、シャルロは?
今それを知ったとしてもシャルロのウィルに対する態度が変わるとは思えないが、これはウィルの秘密だ。私の為に一肌脱いでくれるというのに勝手に秘密を暴く訳にはいかない。
「ウィルだよ。さっき出て行ったじゃない」
「・・・知っていたのか」
シャルロが小さく肩をすくめた。
「僕の家族って過保護なんだよねぇ。ウィルと仲良くなった時に下町のギルド全部に聞き込みしたらしい」
「全部とは・・・凄いな」
貧しく、熾烈な競争があるからこそ下町にはギルドが多い。それ全部に聞き込みをするとは・・・いかにシャルロが大切にされているか、改めて思い知らされた気分だ。
「僕って騙されやすいと思われているみたい。ちゃんと人を見る目はあるのに」
いやいやいや。そのノンビリさでは、見ていて不安を感じる家族の気持ちも十分共感出来るぞ。
「まあ、ウィルも精霊に選ばれたんだ、シャルロの家族もそれで安心したんじゃないか?」
「まあね。でもさ、精霊は自分に正直で屈折していない人が好きなんだ。別に自分に正直だからって他人に優しいとか誠実であるとは限らないんだよね」
ちょっと不満げにシャルロが答えた。
・・・自分に正直に、人のモノが欲しいから奪ったり殺したりする人間も精霊に好かれると言う訳か?
ちょっとショックかも。
「ま、苦労しただろうにウィルは普通にいい奴だよな」
シャルロが返事をする前に、父のところにストックしておいた私の元へ来るように設定されていた式化の紙が飛んできた。
『分かった』
相変わらず、言葉の少ない人だ。話す時にはあれだけ饒舌なくせに、何だってモノを書かせるとこうも文字を惜しむのか、不思議だ。
とりあえず、これで部屋の皆を追い出せる。
「父が盗賊ギルドの伝手を使って専門家をよこしてくれるとのことだ。
ここに人がいては困るとのことなので、皆はいったん帰ってくれ。ダーンズ、アルガンの奥さんに息子さんがちょっと帰るのが遅くなると伝えておいてくれ。息子さんを無事救出してから私が直接説明しに行くから、余計なことは言わないように。何も出来ない状態で中途半端に教えても心配する心労が増えるだけだからな」
幸いダーンズは無口なほうだ。余計なことをペラペラ話したりはしないだろう。
「いくら盗賊ギルドの人間でも、下準備もなしにこの金庫室を開けるのは難しいです。もしもの時の為に私が残りましょう」
ウォルドが進み出てきた。
「ありがとう。だが、施錠の術も固定化の術も、解除に1日はかかるのでしょう?もしもギルドの人間が開けられないようでしたら、危険はありますが力技でこちらの彼の守護精霊に金庫を破ってもらいますから大丈夫です」
だからさっさと帰れ。
ウォルドだけでなくフェニスも残りたげな顔をしていたが、無言で見つめていたら諦めて帰った。
「上のキッチンでお茶でも飲んでいるか」
誰もいなくなった部屋を見回しているシャルロを誘い、上のキッチンへ向かった。
施錠の術が終わった後に食べるつもりだったのか、クッキーが置いてある。
誰のか知らないが、ありがたく頂いておこう。
「で、盗賊ギルドはウィルのことを何と言っていたんだ?」
お茶を淹れながらついでにシャルロに尋ねる。
「『友情も親愛の情も分かる、常識的な善悪の感覚を持った人間です』だって。変な返事だよね?」
ぱくり!と音がしそうな勢いでシャルロがクッキーを口に入れる。
そう言えば、夕食がまだだったっけ。私もお腹が空いたぞ。
「下手に『あなたの子供を裏切りません』なんて言ってもしものことがあっても困ると思ったんだろうね」
「裏切りも詐欺も、下町の専売特許と言う訳では無いんだがな」
突然、後ろから声がした。
「クッキーいる?」
シャルロがウィルに向かってクッキーののったお皿を差し出した。
「ありがと。ガキんちょは寝ているようだが、起こすか?」
クッキーをつまみながらウィルが指したソファに、子供が寝ていた。
「・・・もう終わったのか?!」
最新式なのに?!?!
ウィルが小さく肩をすくめて更にクッキーを取る。
「開けた奴の話だと、以前の型の方が実は開くのに時間がかかったらしいぜ。何でも昔のよりも無駄のない構造になって開けやすくなったんだってさ。
ま、本当に盗まれたくないモノっていうのは『持っている』事実を人に知られないようにするのが一番だ。本当に資金価値のあるものは金庫に入れていたらいつかは盗まれるに決まっているんだ、あまり過信しないことだな」
そのアドバイスは参考にさせてもらうよ・・・。
実はシャルロ君もウィルが盗賊ギルド出身なのを知っていたのでした・・・ということを書きたかったのでもう一話アレクの語りにしました。
次話はウィルの視点で今回の事件を書こうかと思っています。