068 星暦550年 緑の月 12日 アクシデント(アレク1)
今回はアレクの視点から語っています。
「換気口が中にあるんだろうね?」
沈黙が私の問いに対する答えだった。
◆◆◆
「アレクって構造魔術のこと、色々知っているんだねぇ」
クラスの後にシャルロがいつもののんびりした口調で話しかけてきた。
「実家の商売を助けるって構造魔術を受け持つつもりなのか?」
ウィルも興味深げに尋ねてくる。
「実際にかけるのは専門家に任せる方がいい。だが、それなりに知識がある人間が確認する方が魔術師も緊張を持ってしっかりやってくれるだろ?だから色々勉強してきたのさ」
学院に入る前は自分なら何でも出来ると思っていた。だが、シャルロのずば抜けた魔力やウィルの何でも見通す特殊能力を見て、『自分には何が出来るのか』と真剣に考えるようになった。その結論がこれだ。
幸い勉強は苦手ではないので、広く浅く何でもそれなりに知っている人間になるよう勉強することは可能だ。そうすることでシェフィート家に貢献できることは多い・・・はず。
そんな考えに基づき今年になってから始めたのが、シェフィート家が雇った魔術師の仕事の観察だ。まだ監督ですらない段階だが、私にも勉強になるし、家業に関与することは父も喜んでいる。
「そうか、シェフィート家ともなれば、新しい店舗の建設もそこそこしょっちゅうあるだろうな。いいねぇ、勉強になって」
ウィルは少し羨ましそうだった。最近は魔剣作りに熱中しているようだが、それでも以前からの知識欲は減っていないようだ。
「そう言えば、今日は新しい店舗の金庫室に施錠の術をかけたはずだ。もうかけることは終わってしまっていると思うが、見てみるかい?」
金庫室の固定化と施錠の術は警備上の問題から間近に見る機会はあまりない。だが作りたての金庫室だったら中身は空っぽだから友人に見せても問題ないだろう。
何故か微妙な表情が一瞬ウィルの顔を横切ったような気がしたが・・・気のせいかな?
「行く行く~!」
シャルロが嬉しそうに宣言した。ウィルも頷いている。
そうして授業の後にここに来たのだが・・・。
何故か人がバタバタ走りまわっている。
「どうかしたのか?」
店長補佐の男を捕まえて聞く。
「店長の息子さんが!」
「アルガンの息子がどうした?」
アルガンはまだ若いながらキレ者で、去年は西地方の支店を盛り返すのに貢献した男だ。
今回は王都の新しい支店を任すことになり、これが成功したら地方支部長になってもらう予定なのだが・・・。
「金庫室に閉じ込められちまったんです!」
アルガンが出張へ行くのを見送る為に来ていた息子が、魔術師が設定し終わった金庫の傍で遊んでいてうっかり中に閉じ込められてしまったというのだ。
「誰が解除権を持っているんだ?」
基本的に金庫と言うのは物理的な鍵とともに魔術的な鍵があり、魔術の鍵は『解除権』と言う形で決まった人間のオーラが登録されている。
「アルガンさんとホルザック様です。ただ、アルガンさんとホルザック様は西のナルファ商店との会合の為に早馬車で行ったので、追いつくのでも半日かかるから帰ってくるとなったら1日以上かかるかと・・・」
店長補佐の男が額の汗を拭きながら答えた。
「真っ暗な中で閉じ込められちまった坊やが可哀想だっていうんで何とか開けられないか魔術師の方とも話し合っているんですが、最低1日はかかると言われてしまって、どうしようかと今相談しているところなんです」
真っ暗な小部屋に閉じ込められることは子供にとって恐怖だろうが・・・恐怖だけで済めばまだいい。
今日、授業で習ったことが正に起きているというのは皮肉としか言いようがない。
「金庫室には換気口が中にあるんだろうね?」
「「「・・・!」」」
「無いのか」
やはり。
固定化の術に関する詳細を受け取ったときに金庫室の設計図も貰ったが、換気口なんてものは記憶になかった。単に興味が無かったから気付かなかっただけだと思いたかったのだが、そうも都合よくは行かないようだ。
「私は下の魔術師と何か手が無いか、相談してくる。君は設計のヴォルドーナ氏か現場責任者のフェニス氏にどのくらい空気が持つのか確認してきてくれ」
金庫室がある下へ向かう。
金庫の魔術を設定した魔術師もそこにいるだろう。
金庫室の前で座り込んで真剣に扉を睨んでいた魔術師は知っている顔だった。
「ウォルドさん。施錠の術の解除には最低1日かかると言うことですが、固定化の術の解除だったらもう少し早く出来ませんか?」
青ざめた顔の魔術師は暫く考え込み、金庫室の壁を撫でていたが、やがて溜息をついて首を横に振った。
「簡単に解除できないように、固定化の術は中と外から4重掛けされているんだ。まだ扉の施錠の術の方が早く解除できるが・・・それでも1日はかかる」
現場の建築監督だったフェニスが階段を駆け下りてきた。
「どのくらい空気がもつ?」
「子供が暴れずに寝ていたとして15刻程度かと。パニックして空気を無駄に消費した場合は半日で危ないかもしれません」
幾ら使っていないからと言って金庫室の解除権をたった2人にしか登録していなかったのは失敗だったな。これからは少なくとも一人は王都にいる人間が登録されているように全ての金庫室の登録を見直させなければ。
まあ、通常の使用状態だったら子供が遊んでいて閉じ込められてしまうなんて言うアクシデントが起きにくいだろうが。
「シャルロ。君の守護精霊に頼んで、この金庫室の扉か壁を壊せないかな?」
それなりに金をかけた金庫室なのだが・・・しょうがない。命には代えられないし、働いている人間の子供を見殺しにしたなんて言う評判が立ったら致命的だ。
青ざめていたシャルロが宙を見つめる。
やがて小さくため息をついた。
「壊すのは可能だけど、中の子供を傷つけずに出来るかどうか、分からないって。がんじがらめに固定化の術がかかっているから、急ぐなら力技になっちゃうから危ないかもって」
少しぐらいの怪我ならしょうがない。
例え大怪我することになったとしても、確実に窒息死するよりはマシだ。
だが、そこまで行く前に何か手は無いものか・・・。
ふと、微妙な顔で金庫室の扉を見つめているウィルが目に入った。
私が見ているのに気付いて、自分の方へ来るように小さく身ぶりする。
「・・・盗賊ギルドの専門家にならこれを破れる。だが、ギルドの人間はこんなに人だかりが出来ているところには出て来ない」
ウィルが低く囁いた。
「確実に破れるのか?」
これでも最新式の設備に、一流の魔術師の施術をしてあるのだが。
ウィルの唇が歪な笑みを作った。
「・・・まず、大丈夫だと思うよ」
やはりウィルは盗賊ギルドの一員なのだろうな、ここまで確信を持っているということは。
いや、一員だったというところか。
親族の保護の無い孤児に生きる術は多くない。盗賊ギルドに入っていたと言うのはある意味避けられない道だったのだろう。だが、魔術師として生きるとなればそんな危険な道を歩む必要は無い。
折角裏社会から離れたウィルにまたあちらに頼みごとをしてもらうのは悪いが・・・命には代えられない。
「人払いをするから、ギルドの人に頼んでもらえないか。報酬は言い値で出す」
小さくため息をついてウィルが頷いた。
「分かった。出来れば、お前の親父経由でギルドに依頼を出したと言う形にしておいてくれないか。あと、作業に立ち会うのは俺だけだ」
「分かった」
構造魔術の話はアレク君にもう少し存在感を発揮してもらおうと始めたんですが、イマイチ盛り上がらないので彼に少し語りをやってもらうことにしました。
ちなみに、
おっとり『僕』なシャルロ、
知的で『私』なアレク、
現実派で辛口な『俺』のウィル
と色分けをはっきりさせる為にアレクの一人称を『俺』から『私』に変えました。
一応確認したつもりなんですが、アレクが『俺』と言っている部分に気が付いたらご指摘いただけると嬉しいです。
注: 金庫室は魔法なので表側でレバーを引いておいて閉めたら鍵がかかるといった感じなオートロックを想定しています。なので遊んでいて知らずにレバーを引いた子供が閉じ込められちゃった訳ですね。