676 星暦556年 萌黄の月 30日 空滑機改(21)
>>>サイド アイシャルヌ・ハートネット
『4人乗りの空滑機の改造版が出来たので、良かったら試乗してみませんか』という誘いが3人組から来た。
空を飛ぶ魔具には興味がある。時折地方で見つかった優秀な子供の親を説得しに行く事があるし、非常時に特級魔術師として出向く事もあるのだ。
今回の改造版は座って乗れるとの話なので転移門が無い街への長距離移動に使うことも考えて試乗してみても良いと思ったので誘いに乗ることにした。
あの3人組が態々誘ったということ自体、何か問題がある可能性に備えて相談したいことがあるのだろうとも思ったし。
「今回のは随分とずんぐりとした形になったな」
ウィルたちの家に来たら、庭に前のよりも大分と寸胴な機体が出ていた。
この程度の大きさの庭から離陸できるなら、魔石の消費量さえ考えないのだったらちょっと高級な馬車のような使い方も出来るかも知れない。
道沿いに進まなくて良いので便利そうだ。
以前の空滑機は寝転がって乗るというかなり特殊な乗り方の為に、女性を誘うのには向いていなかったしレジャー以外にはちょっと使い難かったが、普通に椅子に座って乗れるならば悪くない。
魔石だって自分で充填すれば運用費用もかなり制限できる。
ある意味、馬を飼わなくて良いだけ自分にとっては安上がりかも知れない。
「土砂崩れなどで足止めを食らった商人や貴族の避難用の移動手段として改造してみたので、運転する人間を除いて4人ほど座って乗れるようにしたらかなりデブになってしまって。
なので結界を色々と使う形にしたんですが・・・まあ、取り敢えず飛ばして見せますね」
微妙な表情でウィルが言った。
ふむ。
どうやらやはり何か相談したいことがあるようだ。
アレクが運転席に乗り込み、飛行用の魔具を起動し始めた。
「ほう。
面白いアイディアだな」
機体の上から枠が飛び出し、大きな円筒形になり・・・『近日、西門のグライド・レジャーより貸出予定!』という文字が赤い表面に浮かび上がった。
「熱気球の仕組みを防風・防熱結界で再現し、気球部分が透明だと見た目が微妙だったから指定した表面の模様を写す結界も使ってみたんです。
ついでにどこで入手できるのか書いておけば便利かな~って話していたらアレクが広告収入の共有契約を商業ギルドと結んでくれて・・・」
シャルロが横に来て一緒に離陸していく空滑機の改造版を見ながら説明した。
「で、試作機を見せたら商業ギルドの連中が凄くあの広告が気に入って、あれを常時展開できないかと言ってきたんです。
ただ、上の方にあったら機体が邪魔で下からでは見えないでしょう?
だから垂れ幕みたいな形に下に出せばいいって話になってこうなった」
ウィルがちょっとため息を吐いたところで、離陸を終えた空滑機改の上の離陸用魔具部分が消え、代わりに下に細長いカーテンのような垂れ幕形の結界が展開された。
「こういうのをぶら下げて王都の上を飛び回るのって問題にならないですかね?
どうもこのままだと、商業ギルドが土砂崩れなどの非常時用に買った空滑機改を、平時はずっと広告を王都の空にだす為に上空を飛ばし続ける可能性があるような気がするんですよねぇ・・・」
なるほど。
これはウィル達が不安を感じるのも分かる。
垂れ幕型結界には『近日、西門のグライド・レジャーより貸出予定!』と書いてあるが、もっとえげつない広告が出される可能性もあるだろうし・・・場合によっては競合する商会が複数でお互いを貶す広告を出して飛ばす可能性もゼロではないだろう。
時折、商会同士の競争が激化した際に新聞などに出ている広告が見るに堪えない非難の応酬になることがある。
新聞ならば無視してページをめくれば良いが、空にあれの応酬が飛び交うと思うとちょっとげんなりする。
「商業ギルドに品性を損なわないような自主規制を前もって定めておくよう、王宮の方からそれとなく釘を刺しておくのも良いかも知れんな」
この3人組は、本当になんとも面白い物を開発する。
面白いのだが副作用もあるのが中々悩ましい。
「よろしくお願いしますね!」
ウィルがにっかりと笑って言った。
まあ、自分は適当に王宮の誰かの耳にこの問題を入れておけば良いだろう。
商業ギルドのやり過ぎな広告合戦の規制はしがない学院長の職務には含まれない。
「うむ。一応誰かの耳に入れておくよ。
では、そろそろ乗せて貰えるかな?」
『しがない学院長』は語弊がありそうだけど、王都の空の品性を保つのは学院長の責任範囲外なのでそこそこ気軽ですw