671 星暦556年 翠の月 28日 空滑機改(16)
「意外と時間が掛かったね」
魔術回路で動くようにしたミニチュア離陸用魔具を見ながらシャルロが呟いた。
「だな。
何もしなくても穴があったら空気が入れ替わるというのは想定外だった」
まあ、魔術学院で習った『防寒や防音の結界を強固に掛け過ぎると換気が出来なくなって危険』だという教えを考えると思い至るべきだったことなのだが、空気というのは別に加熱して膨張させなくてもそれなりに動いているらしい。
穴の開いた防風結界の中の空気に重量軽減の術を掛けると、時間の経過とともに術の効果が落ちるのだ。
てっきり術の構造が悪くて効果時間が短いのかと色々頑張って効果時間の延長に数日かけて頑張ったのだが、ふと試しに穴の無い防風結界の中で使ってみたら効果時間は普通に長かった為、自然な空気の流出入が重量軽減の術の劣化原因だと判明した。
短距離だったら空滑機改ではなく離陸用魔具で人や荷物を動かすのもどうかと思っていたのだが、時間の経過とともに重量軽減の術の効果が落ちてしまうと分かったので、諦めた。
滑空できる高度へ上がる程度の時間だったら問題ないが、ある程度の距離を移動するのに使うと徐々に重量軽減の術の効果が薄れて同じ高度を保つのに必要な熱量が上がる為、防熱結界への負荷が増えていくのだ。
『ちょっと危険かも』ということでこちらは普通に熱気球の業者に任せることにした。
俺たちは空滑機改に集中する。
という事でミニチュア離陸用魔具にミニチュア空滑機改の模型をつなげて起動。
本物の空滑機改を離陸させるのにどの程度の大きさの結界と魔力が必要かを見積もる為の実験だ。
ミニチュア空滑機改にも滑空する為の魔具や魔術回路は刻んであるので庭の中ぐらいだったら飛べる筈。
これでこの離陸用魔具を使って空滑機改を離陸させ、滑空へ移行できるかの確認もしたい。
「離陸完了。
飛ばすぞ」
家の前で見ていた俺たちに離陸用魔具を起動させていたアレクが声をかける。
「おう、やってくれ」
奥からこちらに掛けて飛ばし、俺かシャルロがキャッチする予定だ。
何らかの理由でどちらも失敗したとしても家に当たって止まる筈。
一応家を含んだ庭全体に防御結界を張っているので、それを突き破る程の勢いが付くほど加速しなければ試作品が飛んで行ってしまうことは無い筈。
アレクが試作品に繋がっている紐を引く。
これでミニチュア空滑機改の滑空が始まり、連動して離陸用魔具の試作品の術が同時に破棄される予定だ。
カシャン。
ずる!
ずがががが・・・ブチ!
パシ!
離陸用魔具は想定通り結界が破棄され、上下の枠とそれを繋ぐワイヤーがミニチュア空滑機改の上に落ちた。
が。
空滑機改は動き始めていたのに枠は静止状態だったせいか、枠諸々はあっさり滑り落ちてしまった。
ミニチュア空滑機改を持ち上げるために繋がっていたので枠のワイヤー(と動かすための魔術回路が入った小さな籠)は空滑機改に引きずられて土埃だらけになり・・・最終的には機体と繋いでいたワイヤーが切れて庭に転がった。
この時点で俺がミニチュア空滑機改を捕まえたので全ての動きが止まった。
「一応成功・・・?」
地面に落ちた離陸用魔具の試作品を拾い上げながら微妙そうな表情でシャルロが言った。
「空滑機改は空滑機以上に上空での静止は苦手だからなぁ。
離陸用魔具を固定するまで動かないというのは厳しいかも知れない」
アレクが顔をしかめながら言った。
「防空結界を破棄するんじゃなくって、ぐっと小さくして空滑機改の機体の上に貼り付けるような形に変形させるのは可能かな?」
固定する為の容器を空滑機改の機体につけるのは更なる重量の追加になる。
それよりは薄っぺらい防風結界で機体に離陸用魔具を固定する形の方が良いのではないだろうか?
まあ、どのくらい簡単に出来るかと、必要な魔力量にもよるが。
「上に固定する格納スペースを足すことで滑空に追加で必要になる魔力と大して違わないなら、結界で抑えるという形の方が良いかもだな。
試してみよう」
アレクが頷いた。
空滑機改の滑空を開始し、離陸用魔具の魔力を切り、空滑機改の上に離陸用魔具を固定する結界を展開する。
三つの動作を連動させてほぼ同時に行わせなければならないのだが・・・上手くいってくれると期待しよう。
うっかり飛行中の離陸用魔具を落としたら目的地に着いた後に離陸用出来なくなるから、スペアも必須ですねw