670 星暦556年 翠の月 24日 空滑機改(15)
「お!
浮きそうだ」
穴付き新型結界を使った試作品を庭に出した台の上で秤に乗せ、重量軽減の術を掛けて前回までと同じにした後に熱放射の魔術回路を起動する。
今回は結界展開のタイミングが面倒にならないよう、下に開けた穴から垂らした紐を引いたら起動するようにしてあるので空気が熱せられる様子を心眼でノンビリ観察できた。
ちゃんと問題なく空気が熱せられて膨張しているらしく、徐々に秤の目盛りが左へ動いて秤にかかる重さが減っていくのを示す。
ゆっくりと秤の目盛りがゼロに近づいていく様子は見ているのはある意味不思議な光景だった。
空滑機の本体は重すぎてあれが乗る秤なんて無いので、今まで飛行体が浮いていくのを重量の減少という視点で観察したことは無かったのだ。
「これってアルフォンスに秤の上から飛び立ってもらっても同じことが起きるのかなぁ?」
シャルロも似た様なことを感じたのか、変なことを言いだした。
「妖精って重さがあるのか?
なんかこう、アスカが地中を泳ぐのを見ると幻獣とか妖精って物理的な理から離れている気がするんだが」
土竜であるアスカは土の中を《《泳ぐ》》。
あの動きはどう考えても俺たち人間が対処している物理的な理とは違っている。
そう考えると、重さなんて無いんじゃないかという気もするが・・・どうなんだろ?
アスカを秤に乗せるのは難しいが、アルフォンスだったら可能だから、今度頼んでみても良いのかも知れない。
とは言え。
妖精《《王》》だからなぁ。
忙しいんじゃないかと思うとたかだか秤に乗ってくれなんていうお願いごとの為に呼び出すのも微妙な気がしないでもない。
「どうだろうね?
今度アルフォンスが遊びに来た時に秤に乗って貰えるよう、家にも秤を常備しておくね!」
シャルロが言った。
台所に行けば絶対にシャルロの家にも秤はあると思うが・・・妖精王に小麦粉まみれな秤へ乗って貰うのは悪いかもだから、確かにアルフォンス用の予備の秤を入手しておいても良いかもな。
それはさておき。
俺たちがバカな話をしている間に、試作品が宙に浮き始めた。
「気球部分の中で防熱結界内部に直接熱放射の魔術回路を仕込めるのは効率がいい様だな。
袋の重さが無くなったせいもあるが、袋を使った時より大分と早い」
アレクが実験結果を書き留めた紙をこちらに見せながら言った。
「結界の展開に掛かる魔石を考えても?
シャルロ、結界にどの程度の魔力を使ったんだ?」
「さあ?
それ程でも無かったけど、なんと言っても小さいからねぇ。
試作品用にも結界を展開する魔術回路を組んで魔石の消費量を確認する?」
アレクが首を横に振った。
「防風と防熱の結界を展開する魔術回路は既に分かっているんだ。
シャルロが魔力の消費量が大したことじゃなかったというのだったら、まずは結界内の空気に重量軽減の術を掛ける魔術回路の試作をしよう」
確かに。
一般的な重量軽減の魔術回路って刻んだ物に対して発揮する形だから、空気に対して使うならちょっと対象の定義方法を変える必要がある。
これが出来なければ、色々と想定が変わるな。
「ちなみに、重量軽減の術を掛けなくてもどの程度の加熱で持ち上がるか確認しておかないか?」
極端に違いがないなら重量軽減の術を使わないという選択肢もある。
「そうだね」
結界を解除したことで台の上に戻ってきていた枠を手に取り、結界を再展開しながらシャルロが頷いた。
「じゃあ、加熱開始!」
重量軽減の術は無しで結界で空気を囲っただけの状態で試作品の熱放射魔術回路を起動する。
最初の開始重量が違うのだが、徐々に秤の目盛りが左へ動き始めた。
「何かさっきより熱くなっている気がする。
防熱の結界に追加で魔力を充填するよ」
シャルロが報告した。
なるほど。
加熱に掛かる時間が長くなればなるほど、気球部分の空気は熱くなっていくし、なんと言っても熱という攻撃に結界がさらされている時間も長くなるのだ。
防熱結界に要する魔力量が増えるのはある意味当然だろう。
それでもやがて目盛りがゼロに近づく。
「お!
浮くぞ」
ふわりと籠が宙に浮かんだ。
「結界に使う魔力消費量は重量軽減の術がなくなった分と比べてどんな感じだ?」
アレクが尋ねる。
感覚的なものだが、どちらもシャルロがやっているのである程度は分かるだろう。
分からない程しか差が無いのだったら大した違いではないし。
シャルロが僅かに首を傾げた。
「う~ん。
微妙?
それ程違いはないけど、結界に掛かる圧力は増えた気がするから何かが起きた時の危険度はこっちの方が高いかも?」
安全性かぁ。
それも重要だからなぁ。
では、重量軽減の魔術回路を空気に掛けられるよう、頑張るか。
熱気球だと上部に熱い空気を逃して降下する為のフラップがあるらしいですが、結界だとそれをどう再現するか・・・。