668 星暦556年 翠の月 24日 空滑機改(13)
「やっぱり結界の枠はあった方が展開しやすいし、重力軽減の術も掛けやすいよ」
結界で空気を囲むことを決めた俺たちは、どうやってやるかを考え始めた。
「枠って言ってもごく細いワイヤーで良いんじゃないか?
昨日の下が細い形じゃなくって筒状の方がワイヤーの枠を造るのも簡単だし、空気の量も増やせる」
黒板に上下に丸い輪があり、それを細い棒で支えている円筒形の筒の形を描く。
「その程度だったら比較的簡単に畳めるか?
いや、軽いワイヤーを使うのだったら一応飛んで行ったりしないようにワイヤーで上下の輪を繋ぐことにして、上の輪に浮遊の術を掛けて円筒形になるようにしたらどうだろう?
術を切ったら勝手に上辺のワイヤーが降りてきて畳む手間も更に省ける」
アレクが提案する。
浮遊の術は重量軽減の術よりも魔力を喰うのだが、上空で機体の上に出て円筒形の筒を構成する棒を外して畳むのは普通の人間には難しいだろう。
そうなると棒の組み立てと解体を魔術で順序だてて動かしていく仕組みを考えなければならず、かなり大変になりそうな上にそれなりに魔力も使う事になる。
「確かに、細くて軽いワイヤー程度だったら浮遊で持ち上げる方が色んな術を組み合わせて棒で作った枠組みの組み立てと解体をするよりも現実的そうだな」
今までは魔具の施錠とか開錠、機能の動きといったことに魔術回路を使ってきたが、物を動かすのは基本的に人の手でやる物と考えてきた。
だが、時間があったら物を動かすのを効率的に出来る魔術回路というのを開発しておいても良いかも知れない。
今回は浮遊を使うという代替手段があるが、場合によっては何かの動きを魔術でやり遂げるしかないような状況もあるかも知れないし、手でやるよりも全部の動作を魔具で出来る方が便利な場合もあるかも知れない。
もっとも、何かの動作を魔術でやらせる場合はその対象を把握する感知機能とか、条件の認識と選択といった細かいおまけが色々と付いてきそうだが。
「取り敢えず、試作品で試してみよう」
俺がワイヤーを細工している間にアレクが浮遊の術の魔術回路を造り上げ、シャルロが防風と防熱結界の魔術回路を刻み込む。
「さて、上手くいくかな~?」
円筒形のワイヤーの枠に籠を繋ぎ、結界と浮遊の術を起動させて秤の上に載せる。
「じゃあ、重量軽減の術を掛けるよ~」
シャルロが声をかけて術を行使する。
「よし。
重量の軽減は物理的な袋を使った時とほぼ同じだな。
では、熱を加え始めるぞ」
秤の目盛りが動くのを確認してからそっとアレクが籠に入れてあった熱風の魔術回路の板に手を伸ばし、起動する。
「さて。
温まるのにどれぐらいかかるかな?」
心眼でしっかり結界を視て、熱風で結界が弱っていないのを確認しながらちらちらと秤の目盛りを確認する。
うん?
先ほど袋に入れた空気を温めた時は秤の目盛りがどの程度の加熱で動いたか確認していなかったからはっきり比較は出来ないが、今回は全然動かないな。
重量軽減の術と違って熱風で空気を温めて上昇気流を起こすのには多少時間が掛かるものの、袋を使った時はそれ程時間が掛からずにじりじりと目盛りが動き始めた気がしたのだが。
もう一度結界を心眼で確認して、思わず噴き出した。
「おい、シャルロ。
防熱の結界が下部にも掛かってるぞ。
あれじゃあ中の空気が温まらないだろうが」
結界が破れないようにとがっつり魔力を込めていたようで、完全に熱風の魔術回路から吹き付けられた熱を排除している。
「あ!
ちょっとやり直すね」
頭をかきながらシャルロが熱風の魔術回路を止め、そっとワイヤーに手を触れて一度防熱の結界を解除した。
「考えてみたら、防風の結界を下部に残しておいていいのか?
あの熱気球の袋は下が開いていたよな?
というか、考えてみたら熱風を出す魔術回路じゃなくって放熱する魔術回路を下のワイヤーに直接乗せるだけで良いんじゃないか?
それだったら下部の防熱結界もそのまま残しておいて良いし」
空気を温めれば良いだけなのだったら、熱風を吹き込む必要は特にない気がする。
『熱風』という運動を含めた現象ではなく、『熱』というだけの現象の方が魔力消費の効率は良い。
籠で加熱したら熱がそれなりに周囲に失われるが、円筒形の結界の中で直接熱を放して空気を温めるのだったらほぼ全てが空気を熱するのに使えそうだし。
「確かにそうだね。
下だけカバーしない防熱結界を展開するのも面倒だし、丁度いいや」
じゃあ、再度挑戦だ!
しっかり防熱の結界を展開していたので、籠の方が気球分の空気より熱くなっていたりw