665 星暦556年 翠の月 23日 空滑機改(10)
「要は、軽い空気で籠を吊し上げている訳だろ?
適当な枠に縦長な空気を通さない結界を張ってその中に熱した空気を入れて吊るさせたらどうだ?
あれほど大きな袋を物理的に使う必要はないだろう」
朝1で熱気球に乗ってみた俺たちは、家に帰ってから工房でお茶を手に空滑機改の離陸装置について話し合いを始めた。
「そうだね、直接結界の中に熱を解放する形にしたら魔力消費の効率も良さそうだし、素材を買って加工する費用も節約できるし、なんと言ってもあの巨大な袋をしまわなくて済むのは大きいよね」
シャルロが俺の言葉に賛成した。
「空気が軽ければ良いんだったら、熱するよりも重量軽減の術を使う方が良くないか?」
アレクが首を軽く傾げながら言う。
「・・・というか、機体にどれだけ重量軽減の術を掛けても浮かないのに、空気に掛けたら浮くのか??」
何か不思議だ。
「大量の空気を軽くしているから浮くのかも?
そう考えると、機体の上に大きな結界を展開させてその空気ごと重量軽減の術を掛けたら浮くかも?」
シャルロが黒板の上に落書きの様な図を描きながら提案した。
「一度上空に浮いたら空気抵抗とかに邪魔になるから結界を解除するとして、大量の空気と機体を対象として重量軽減の術を掛けた場合に機体だけの時より効果が上がるのか、試してみるか」
今まで空気に重量軽減の術を掛けるなんてことはやったことが無かった。
だが、熱することで人を持ち上げられるぐらい空気が軽くなるのだったら、重量軽減の術だって同じことが出来ても良い気がする。
重量軽減の術は対象に直接魔術回路を刻むので、どうやってその上に展開した結界内の空気を対象とするのかは要研究だが。
「容器や結界に入れた空気や液体を対象にする魔術回路が無いか、探すか」
アレクが立ち上がりながら言った。
◆◆◆◆
「意外と色々あるね」
ほぼ1日をかけて魔術院で特許申請されている魔術回路を調べた俺たちは、夕方になって帰宅してから写してきた資料をお互いに見せあった。
臭い消しや水の浄化、果ては風呂のお湯を温める魔術回路など、液体や空気を対象とした魔術回路を片っ端から写してきたので一抱え程もある。
「・・・これを重量軽減の術と組み合わせて結界の中の空気に掛けるのか・・・。
どうやって試すかも色々と研究が必要そうだな」
ちょっとうんざりした顔でアレクが言った。
「というか、普通に術を掛ける時に空気を対象に重量軽減の術を掛けられるか試してみようよ?」
大きな袋をどこからか持ってきたシャルロが提案した。
確かに、魔術回路は定義したことしか出来ないから融通が利かないが、魔術師が直接術を掛ける場合は意図がかなりの度合いで結果を左右するので、空気を対象に術を掛けることは可能だろう。
多分。
「まずは畳んだままの袋に重量軽減の術をかけても浮かないことを確認してから、空気を入れてその中身に掛けられるかやってみてどうなるか試してみようぜ」
空気に掛けているつもりで袋に掛けていたら意味がない。
重量軽減の術は基本的に物を軽くしても物を浮かせるだけの効果はないのだが・・・大量の空気を軽くしたら浮くのか、非常に興味があるところだ。
「ちょっと試しに空気を熱したらどの程度軽くなるのかも調べてみないか?
少なくとも同じ程度に軽くできるなら、同じだけの空気を軽くしたら人間を4人乗せた籠を浮かせられると分かっているんだ。
最初からあれだけ大量な空気を対象に術を掛けるより、小さな模型で試した方が良いだろう」
アレクがごそごそと棚の中を漁りながら言った。
「確かに、重量軽減の術の効果が足りないのか、空気の量が足りないのかはっきりしないと困るな。
だけど、あの熱気球でどの程度空気を熱していたのか分かるのか?」
使っていた魔具の熱量は消費されていた魔力から大体計算できるとは思うが、半刻程度にどのくらい空気が温まったのかは不明だぞ?
「取り敢えず小さな熱気球モドキの模型を作って熱してみよう」
アレクが乾燥用魔具を造った際の魔術回路の試作品を手に持って言った。
確かにな。
確かその試作品は熱すぎて火事になるかもという事で効果を下げることになった奴だから、あれで何とかなりそうか?
かなり行き当たりばったり?