664 星暦556年 翠の月 23日 空滑機改(9)
「・・・でかいな」
取り敢えず、熱気球がどんな感じかをまず見てから考えようという事でアレクが熱気球のサービスをやっている所に連絡をして予約を取ってくれた。
準備にかかる作業も見たいとお願いして朝1の予約を取り、熱気球を準備する段階から見せて貰うことになったのだが・・・。
城壁の外では無かったがかなり外れの方だったので、熱気球も離陸時に周囲の建物にぶつかる危険度は空滑機と同じ程度なのかな?と思いつつ行ってみたら、想像以上に馬鹿でかい生地の袋モドキが地面に横たわっていた。
縦の長さだけで20メタぐらいあるんじゃないか?
横幅も折りたたんであるがそれなりにあるっぽいし。
これだけ大きいのを広げるのも畳むのも、大変そうだぞ???
上空に上がった後に空気を抜いてこれを畳んで機体に収納するのは難しそうだし、かといってこれを使い捨てにしたら滅茶苦茶金がかかりそうだ。
そんなことを考えながら見ていたら、何やら魔具を取り出して巨大な袋モドキの中に熱風を吹き込み始めた。
ふむ。
熱風を使うだけならそれこそ以前造った乾燥機の魔術回路を横流しできるか?
まあ、あれは熱くなりすぎないように作った魔具だから、大型で高温なことが求められるこういう場面では効率が悪いかも知れない。
とは言え、あの袋モドキの生地だってどんな高熱にも耐えられるという訳じゃあないだろうから鍛冶とかで使う熱に比べたら温度はそこまで高温ではないと思うが。
半刻弱《30分程度》で巨大な袋モドキが宙に浮き、俺たちは籠に乗るように言われた。
ついでに俺たちが開発した安全装置も付けるように言われた。
へぇぇ、安全装置だけで別売りのを使っているんかぁ。
だが、この熱気球とやらで落ちる時って袋モドキに穴が開くとか籠から何らかの理由で落ちた時だろう。
籠から落ちる分には大丈夫だろうが、この巨大な袋モドキに穴が開いたり火がついて落ちた場合、下手をしたら安全装置でゆっくり降りてくる最中に袋の生地に絡まるんじゃないか?
この安全装置がこれだけ巨大な生地の重さまで支えて安全に着地出来るか微妙だし、火が付いた場合なんかは燃え盛る生地に絡まったりしたら落下速度がどうであっても危険だろう。
俺たちはレヴィア《浮遊》の術で何とかなるが、普通の一般人がこの熱気球を使うのがどの程度安全なのかはちょっと気になるところだな。
とは言え。
「静かでいいねぇ、これ」
上空に辿り着いたら空気を熱していた魔具も止めた為、静かだ。
空滑機は風切り音が常にしているので、空気を熱している最中のこの熱気球よりは静かだが、この浮いているだけの状態の時よりは煩い。
ちょっとしたデートにはこちらの方が良いかも知れない。
立っているので服に皺がよる心配をする必要がないからこちらの方が女性には人気かも?
空に浮いているだけなので周囲の風景もノンビリ見回せるし。
とは言え。
今回俺たちが来た目的である空滑機改の離陸装置として使うのはちょっと非現実的な気がする。
流石にこのサイズは無い。
「ちなみにこの熱気球を温める熱風は生地や周辺の燃焼の危険さえなければ温度が高ければ高い程良いのか?」
アレクが熱気球を動かしている男に尋ねる。
「『良い』が『早く上空へ飛べるようになる』ならそうだが、現実的な費用の問題とかもあるからな。
素材の価格と熱風用の魔具の値段及びその魔力効率を色々と試した結果がこれなんだ。
あんた達は熱気球事業を始めるつもりは無いと言っていたが、何に興味があるんだい?」
男が答えた。
考えてみたらライバル事業なのによくぞ乗せてくれる上に質問に答えるなぁと思ったら、アレクが熱気球事業を始めるつもりは無いと最初から言ってあるのか。
確かに空滑機改が完成しても熱気球の事業とはあまり競合し無さそうだ。
「空滑機を離陸させるときの仕組みとして熱気球を使えないかと思ったんだが・・・ちょっと大きすぎて厳しいな」
苦笑しながらアレクが応える。
「離陸用の道具にするのか。
しょっちゅう飛ぶならばあり得るかも知れないが、熱気球は最初に温める際にかなり魔石を使うぜ?
数刻に一回程度しか使わないんだとしたらかなり高くつくぞ」
なるほど。
最初に離陸出来る程度まで空気を熱するのにかなり魔力を使うのか。
熱気球も空滑機と同じで、一度離陸したら魔力消費量はぐっと減るのだろう。
人間が地表を離れる対価は、どんな道具を使っても高いんだなぁ。
熱した空気が軽いのは上昇気流を使って滑空時間を増やすよう頑張る時点で分かっていたんだから、もっと早く熱気球が開発されてもおかしく無かったですねw