663 星暦556年 翠の月 22日 空滑機改(8)
「離陸とトイレ休みねぇ」
シェイラとの楽しい3連休はあっという間に終わり、再び試行錯誤に戻ることになった俺は工房でアレク達に空滑機改の課題について話した。
「う~ん。
基本的に、非常時用が一義的な使い方、長距離移動は自分で普通に席から立ち上がって中腰で機体の中を動き回れない人は乗らないでって話で良いんじゃない?」
シャルロがばっさりトイレ休憩時の出入りの問題を切り捨てた。
「そうだな。
下手に輸送効率の悪い顧客を基準として開発しても、使い勝手が悪くなるだけだろう。
多少狭い程度で椅子から自力で立ち上がれなくなる様な人間は転移門を使うなり、馬車でゆっくり時間を掛けて移動するなりすればいいんだ。
我々がそこまで気を使う必要は無いさ」
アレクもシャルロの言葉に合意した。
そっかぁ。
効率の悪い顧客層は切り捨てるのもありなんだな。
今までは基本的に購入したら使える魔具しか作ってこなかったので『顧客層を選ぶ』という考え方そのものが無かったが(少なくとも俺には)、確かに非常時以外だったら極端なデブなんて相手にしなければ良いのだ。
「・・・それを言うなら、非常時用の使用でも、極端なデブはゆっくり宿で待ってろって切り捨てればよくなかったか?」
今までの試行錯誤を思い出して思わず呟く。
「まあ、臨月間際な妊婦さんを産婦さんがいる所まで避難させてあげなきゃいけないこともあるかも知れないし、非常時だから下手をしたら命に係わるかも知れない時に体重が重いから死ねって言う訳にもいかないでしょ?短期間は乗せて避難させられるようにするのは正解だったと思うよ」
シャルロが慰めるように言う。
俺は『問題』→『解決しなくちゃ』と只管解決に向けて集中していたが、アレクやシャルロは問題その物に対応する必要があるかもちゃんと考えていたんだなぁ。
二人とも大人だ。
もう少し俺も、開発対象だけでなく利用する状況とかの全体的な姿も俯瞰的に考えるようにしなくちゃな。
「じゃあ、取り敢えずトイレ休憩は良いにしても・・・問題は離陸の方だな。
急激な離陸の動きが居心地が悪いというのだったらどの程度なら違和感がないのか、効率や安全性を考えて試行錯誤する必要があるな」
アレクがため息をつきながら次の課題に移った。
そうなんだよなぁ。
空滑機って横からの風に影響を受けやすいから、他の建物がある場所だとさっさと上空に上がりきらないと突風が吹いた場合に建物とかにぶつかりかねない。
なのでゆっくりとした離陸は危険かもと言う事で、離陸は早ければ早いほど良いと俺たちは考えてきたのだ。
「なんかこう、大木とかに固定化の術を一時的に掛けて滑車で機体をある程度の高さまで持ち上げるなんてどうかな?
城壁や見張り用の塔を使っても良いし。
街中の時計塔とかは周囲との距離の問題があるから丁度いい広場が併設されてるんじゃない限り無理だけど」
シャルロが提案する。
大木ねぇ。
「大木ってそれなりに歴史があって街や領主に大切にされている場合が多くないか?
そんなのをうっかりへし折ったりしたら、大問題だし・・・レヴィアと固定化の術がそれなりに得意な魔術師以外が大木に固定化の術を掛けて天辺近くへ滑車を設置・撤去するのも難しい気がするぞ?」
というか、俺ならまだしもシャルロやアレクでも微妙じゃないか?
木っていうのは必ずしも登りやすいような都合の良い真っすぐな育ち方をするとは限らないんだ。
しかも上の方に行けば行くほど枝が細くなっていくし。
「難しいかぁ」
シャルロが微妙な顔をして溜め息を零した。
「・・・そう言えば、空滑機の愛好家の1人が、上昇気流を見て『暖かい空気を造って自分を持ち上げたらどうか』と実験して、熱気球とかいう飛行具を発明したらしい。
上空に上がった後にどう動くかが風任せになるので移動を目的とした輸送手段としてはあまり向かないらしいが、レジャーの道具としては空滑機と同様に最近使われ始めていると聞いた」
アレクが何やら逆さにした大きな丸っぽい袋?の下に小さな籠がぶら下がっている図を黒板に描きながら言った。
「その熱気球を離陸の際の補助として使うの?
大掛かりになりすぎて高くならない?」
シャルロが少し首を傾げて言った。
「試してみないと分からないが、離陸装置の一部としたら重力軽減と浮遊の魔術回路で無理やり持ち上げるよりも安上がりになるかも知れないぞ?」
アレクが応じる。
「う~ん。
離陸用の部品を造らなければ安上がりになるかも分からず、試行錯誤しまくって苦労して造ってみたら熱気球の方が安上がりだったなんて事になったら苦労が無駄になるしで、なんとも悩ましいな。
とりあえず、その熱気球とかがどのくらい安く簡単に造れて使えるのか、試してみるか」
大きな袋と加熱装置だったら簡単だろ。
熱気球って一回準備するのにどの程度時間と金がかかるんでしょうね?