660 星暦556年 翠の月 18日 空滑機改(5)
「まさか飛ぶ機能じゃなくって内部の椅子の強度確保の段階でにこれほど時間が掛かるとは思わなかった・・・」
床代わりの板を傾けたり前後に勢いよく動かしたりして、床にはめ込んだ箱型の椅子がびくともしないのを確認しながらアレクが呟いた。
デブな客に自力で歩いて席に着かせるのを諦めた俺たちは、反発型結界の機能を使うことで椅子を動かすことにした。
動かすこと自体は、既に台車の方で色々研究してあったから2日程度で出来た。
が。
椅子の固定が問題だった。
レジャーとして飛ぶわけではないので、急な角度での進路変更や急激な加速・減速は無いだろうとは思ったものの、ある意味非常事態で使うことを想定している機体なのだ。
遊びでやる程度の危険な飛び方をやる羽目になる可能性はあるという事で、ぎりぎり乗れる程度のデブな成人男性相当の重しを縛り付けた椅子を床に固定して、機体の代わりに色々動かしてみたら・・・。
最初は重りがあっさり紐を引きちぎって飛び出した。
これにはびっくりしたが、適当に固定したのが悪かったから・・・と思ったのだが、流石に客を縄で席にぐるぐる巻きにする訳にはいかない。
露骨に拘束具を思い起こさせないような幅のあるテープっぽい生地で留めようにも、何か所も固定する場所があると今度は金具が重くなる。
金具の数を最低限にしつつ、力が掛かっても中身(客)がこぼれ落ちないようにしっかり固定できる仕組みを作り上げるのにかなりの時間が掛かった。
しかも、徐々に固定具の完成度が上がってきて椅子に掛ける負荷が大きくなってくると、今度は椅子の方が壊れ始めたのだ。
デブな成人男性の体重って勢いがつくと十分凶器になるということを実感したよ。
幾ら軽くするために中を空洞にした筒状とは言え、合金で俺がぶら下がってもびくともしないような棒を3本纏めて作った足が、あっさり折れるんだぜ????
最初に折れた時は皆びっくりしすぎて危なくシャルロが重し付きの椅子に直撃されるところだった。
しかも最低でも1刻程度は色々な負荷に耐えられる強度が必要だという事になったし。
結局、家具工房に色々と話を聞いた結果、最終的には『足』がある椅子にするより『箱』を椅子っぽい形にしてそこに顧客を押し込んで固定する形の方が負荷を分散出来るという結論になった。
そして足が折れなくなり、荷物(顧客)が吹き飛ばないようになってみて分かったのは、椅子の固定も難しいという現実。
普通の金具で床に留めるだけではあっさり金具が壊れて吹っ飛ぶのだ。
俺たちが座って色々実験する分には大丈夫だったんだが・・・。
思わず、何度目かの失敗の時に『やっぱりデブお断りってことにしねぇ??』と提案したぐらいだった。
だが、現実的な話として普通の体形だったら馬に乗って移動できる可能性もあり、馬に乗れないような肥満デブこそが俺たちの開発する非常時移動用の空滑機改を切実に必要として大金を払うであろう客層なのだ。
それを断るとなると一気に収支が厳しくなる可能性が高いとアレクに言われた。
アレクもかなりうんざりしていたが。
壁や天井の建築作業をする際に使う、体をどこかに固定する落下防止用の魔道具の魔術回路も使ってみたのだが、此方は出力をがっつり上げればそれなりに効果はあるものの魔石の消費量がバカにならない上に、飛んでいる最中に魔石が枯渇したらヤバいという事で常時魔力消費型は危険だろうという結論になった。
裏社会に壁に上ったりするのに使う魔道具が無いか、酒を手に長にも聞きに行ってみたのだが、基本的に軽さと隠しやすさを優先して本人の身体能力にかなり依存しているので、今回必要とする重量に使えるような道具は無いと言われた。
そうか。
まあ、考えてみたら詐欺系を専門としていない限り、裏社会の現役な人間で肥満な奴はいない。
そうなるとレヴィア程度の術で十分どこにでも行ける。
肥満デブを固定できるような強度は必要ある筈がなかった。
色々試行錯誤した結果、床に格子型の溝を造り、そこから出せない形にして上下の動きを制限し、溝にストッパーを嵌めて椅子を固定することになった。
お蔭でその溝の深さの範囲で椅子を浮かして動かさねばならず、反発式結界の魔術回路の修正がかなり繊細なものになって苦労した。
色々苦労した末に何とかなったが・・・真剣にマジで、開発を止めようかと何度も思ったぜ!!
しかもまだ、本体を飛ばす方の開発には手も付けてないし!!
始まりはシャルロの要望ですが、真面目な開発なので収支をしっかり取れるようにするのがアレクの役割です。そんな彼も今回は密かに『もう諦めてデブお断りにするか・・・?』と考え始めていましたw