657 星暦556年 青の月 18日 空滑機改(2)
「取り敢えず、必要なのは動かしている人間を含めて成人男性4人を乗せて飛べる浮力かな?」
シャルロが黒板に書き出す。
「流石に着の身着のままっていう訳にはいかないだろうから、ちょっとした女性のハンドバッグ程度の荷物を各自持てるぐらいの場所と余力も必要だろうな」
男はまだしも、女性は何かと『人前に出るには必要不可欠』な物があるっぽい。
女性の方が男性より一般的に小柄だが、時によってはふくよかな人もいる。
しかもそう言うのに限って『重い』とか『場所を取る』というような言葉を使うと激怒しかねないので、『成人男性4人分』と売り出すとしても、それなりに余裕を持たせる必要はあるだろう。
まあ、十分にほっそりしているシェイラの反応を見る限り、女性全般に体重の話は禁句な様だが。
見た目を本人の価値の一部かの様に話されると不快なのは分かるが、単なる事実として体重の事を言及するのすらダメってよく分からん。
一人や二人ならなんらかの個人的事情なのかと思うが、ほぼ全員となると意味が不明だ。
それはさておき。
「商業ギルドが使っている馬車用の積載量計算に使う成人男性の重さを1割増しにして計算すれば良いだろう。あれだって本当の平均を2割増しにしているんだ。
それよりも重い人間が空滑機改に乗りたいなら、従者の人数を減らしてもらうしかない」
アレクがメモを見ながら黒板に何やら数字を書き込んだ。
へぇぇ。
成人男性の平均の2割増し(の1割増し?)がそのくらいなんだ?
・・・思ったよりも重いな。
俺の1.5倍近くじゃないか。
「どうしたの?」
黒板の数字を見て思わず眉をひそめていたらシャルロが声をかけてきた。
「いや、この数字ちょっと大きすぎないか?
俺の体重の1.5倍近いぞ??」
俺だって平均身長はあるはずだが、世の中そんなに太った人ばかりかね???
まあ、確かに下町の人間より貴族とかの方ががっしりとして背が高い人間も多い気がするが、貴族の人口割合なんて極僅かなんだ。
平均値をとるとしたら下町寄りになるべきじゃないか??
「あぁ。
商業ギルドの『成人男性』データは馬車を使うような人間の集まりだからな。
御者や従者を半分と、貴族や商会の人間を半分ぐらいの割合で集計したと聞いた。
だから栄養失調気味な下町や寒村の人間は含まれていないし、健康な成人男性・・・というよりも少し肥満気味な人間が多いかも知れない」
アレクが頷きながら言った。
「・・・確かに、この数字ってちょっと大きいよね。
空滑機を開発した時よりも重くない??」
シャルロも黒板の数字を見直して首を傾げた。
「空滑機は空を飛んで遊ぶレジャー用の魔具だったからな。
極端に太った人間は来ないだろうと思って軍部が使う平均成人男性の重量データを1割増しにして使ったんだ」
アレクが応えた。
おお~。
そうだったのか。
軍部の数字なんてどこから入手してるんだ。
それとも軍部のために何かを納入する商会側に参考値として軍部が公表してるのかね?
確かにあの時の数字には違和感は無かったんだよな。
しっかし。
デブな金持ちを乗せるかもとなると一気に負荷が大きくなったな。
これで4人というのはちょっと厳しいぞ?
だがまあ、確かに金持ちを相手に想定したサービスだとしたらデブを排除は出来ないだろうな。
贅沢な食事が出来るというのは豊かさの象徴だと思っている人間は成金には多い。
却って元々金持ちだった由緒ある貴族とかは、ちゃんと有事に動けるようにって健康に気を使って食べ過ぎないでそこそこ節制している人が多い気がする。
しかも成金の方が不便な目にあった時にぎゃーぎゃー煩いし、金を払ったらどんな理不尽な要求だって従わせる権利があると思っているようなのが多いしな。
成金の屋敷に忍び込む方が古くからある貴族の屋敷に忍び込むより楽なのは、単に執事が有能で使用人の管理が行き届いていたからだけじゃない。
成金の下での労働環境って理不尽なことが多いから辞める人が多いから情報共有が足りないし、空きもいつでもあるからだ。
まあ、それはさておき。
災害時出迎えサービスを直接俺たちがやらないにしても、俺たちが提供した魔具について文句が出てきたらこっちにとばっちりが来るだろうから、『デブは乗せなければ良いだろう』とは言えない。
そう考えるとこの多すぎる積載量も何とか対処しなくちゃってことか。
「考えてみたら、デブな奴ってどういう姿勢が楽なんだ?
なんか、姿勢によっては自分の重量で血流が止まるか何かで痺れてくるみたいだから、うつ伏せに長時間寝転がらせて大丈夫なのか?
座れるようにするにしても、角度を気を付けないと不味いだろ」
ぐちぐちと食後にラウンジで酒を飲みながら文句を言っているのを聞きながら屋敷が寝静まるのを待っていたり下男としてこき使われていた昔の記憶は大分薄れてきたが、デブな人間は男も女も自分で動こうとしないくせに文句が多かったのは覚えている。
「・・・どうだろう。
完璧を期さずに、最寄りの転移門があるまでとして短距離と割り切った方が良いかも知れない」
暫し考え込んだアレクがため息をついて言った。
まあ、その方が大勢を動かせるし、文句を言われる時間は短くなるしで良いことずくめか。
大幅に肥満な人ってうつ伏せに寝転がって大丈夫なんですかね?
体勢によっては気管が圧迫されたりしてヤバそう。