653 星暦556年 青の月 13日 渡河用魔具(7)
またもやウォレン爺の視点です。
>>>サイド ウォレン・ガズラート
「今日は嵐って蒼流に聞いたから、ちょっと波を高くしても良いだろうという事で最終確認をしようと思って。軍部で使うなら一応見たいかも?ということでついでに誘ったんだ~」
大雨の中、傘をさしてないのに全く濡れずに元気なシャルロが歩きながら振り返って声をかけてきた。
水たまりも踏んでいるのにズボンだけでなく靴にも全く水滴も泥も付いていない。
流石上級水精霊の加護持ちじゃ。
羨ましい限りじゃの。
まあ、良く見たら一緒に歩いているウィルも全く濡れていないので、水精霊の協力があればいいのかもという気がしないでもないが・・・。
ウィルは目立ちたくないのか傘を手に持ってさしているが、良く見たら傘から水が垂れていない。
あれはあれで気になるぞい。
今日は、以前話題にのぼった渡河用魔具が出来上がったので試運転の様子を見ないかいう事で呼ばれた。
流石に儂一人で軍部の購入決断なぞ出来ないので、購入部門の主任も連れて来ている。
どうせ購入が決まったとしても少数をまず買って試してから契約に関する話が動くので、一人連れてくれば良いだろうと思っていたのだが何故か3人も付いてきた。
ついでにシェフィート家の人間も来ている。
ただの渡河だけだったらいつでもできるが、増水気味の川を渡れるかの実験もする為らしい。
増水時に橋が流された時でも食糧や医療品、怪我人などを運べるとなったらかなり利用価値が高い。
ただし、本当に危険な時に使う用のはかなり高額になるとシャルロは言っていたが。
「じゃあ、まず普通の渡河用魔具で渡りま~す」
ご機嫌なシャルロが声をかけて、荷馬車から何やら板っぽい魔具を取り出して3人で広げ、その上に荷馬車を載せた。
「戻ってきてもう一度載せれば馬も運べるけど、それは別に見せなくても良いだろうという事で今回は荷馬車だけ載せて渡って帰ってくるから」
シャルロがそう説明して、魔具の正面の方に回って起動させた。
ヴン。
低い音と共に魔具の台が1.5ハド程度浮き上がった。
ほう。
一応小麦と飼料の袋をそれなりに積み込んだ荷馬車が宙に浮くか。
魔具とはやはり凄い。
まあ、その運用費用もそれなりに凄い事になると聞いているが。
浮き上がった魔具が前に進み、川岸の堤防を乗り越えて川辺に辿り着く。
ほう。
勾配を上がり下りする際に機体を水平に保つ機能もあるのか。
山や谷越えに使える荷馬車モドキな魔具の需要と許容できる運用費用がどの位?とシャルロが聞いていたのはこの機能に関してなのか。
兵站部門の人間に投げたが、そいつも連れてくるべきだったかもしれない。
まあ、増水しつつある川で実験する必要は無いのだ。
いつでも試作機を見せられるだろう。
そんなことを考えている間に、魔具とシャルロが川にさしかかり、そのまま渡河し始めた。
「ほう。
全く地上と動きは変わらないのじゃな」
横に来たアレク・シェフィートに声をかける。
「そうですね。
この程度の波でしたら反応しないので、特に問題は無いと思います。
ただ、土石流や山津波が起きる場合は上流から障害物が水面から突き出した状態で流されてくる可能性があるので、この魔具で渡河することは勧めません。
まあ、それに関しては後で実際にどうなるかお見せします」
アレクが落ち着いて答える。
そうこうしている間はシャルロは向こう岸に着き、対岸の川辺でぐるっと反転して戻って来た。
「これから増水した川に時折ある山津波が起きた状態を再現して見せます。
あれに乗っているシャルロは水精霊の加護持ちなので水に飲まれても安全ですので何を見ても心配しないで下さい」
アレクが見物している人間に声をかける。
ふむ?
一体何をするのかと思って見ていたら、突然川の水位が2メタ《メートル》ほど盛り上がり・・・魔具が荷馬車とシャルロごと横転して河水に飲まれた。
「え?!」
「シャルロ君?!」
「まさか!!」
川岸の目撃者から悲痛な叫びがあがる。
が、次の瞬間にはポコン!と気の抜ける音と共にシャルロと荷馬車ごと魔具が水面に現れた。
「今のは搭乗者が水精霊の加護持ちだから起きた現象です。
標準型ですと転覆してそのまま浮き上がって来ないと思われるので、そこはしっかり理解して増水時の渡河に利用するなら自己責任でお願いします」
さらりとアレクが説明する。
皆、心配しなくて良いと言われたのに、鍛錬が足りんの。
まあ儂も一瞬心臓が止まるかと思ったが。
視覚的要素も含めて中々効果的な説明だ。
老人相手にやるべきじゃないプレゼンだったかもw