651 星暦556年 紺の月 28日 渡河用魔具(5)
「よーし、行け!」
庭に積み上げた木箱に向かって試作機が進む。
3回目の試作品であり、ゆっくり進めているので転げ落ちても大して問題は無いだろうと
今回は俺が上に乗って操作している。
まあ、操作と言っても起動バーを進行方向へ押しているだけだが。
バランスを保つための機能として色々試した結果、最終的に俺たちは下部に展開させる反発型の結界を一つではなく4つに分け、中央に吊るした四角い水平板と四隅に設置した結界用の魔術回路の動力源を繋ぐことで、中央に対して低くなればなるほど結界の出力が上がり、そこが持ち上がるようにした。
高さや角度を認識する魔術回路も幾つかは存在していたのだが、魔術回路で認識させ、さらにその結果をもって台の角度を制御しようとすると時間が掛かりすぎたのだ。ゆっくりと川岸の堤防を上がったり下がったりする分には問題は無くても、水面が急激に動いた場合の対応が致命的に間に合わず・・・何度目かに転覆した後に対処法を根本から考え直した。
摩擦をほぼゼロにまでして磨いた棒で物理的に吊るして水平にした板との距離を認識させ、さらにその棒の板と魔術回路までの距離によって流される魔力を制御するように試行錯誤した結果、シャルロよりも早いぐらいの速度で角度の変化に対応できるようになった。
今日は実際に試作機を動かした際に想定通りの動きをするかのテストだ。
木箱にぶつかった試作機が斜めに傾きはじめ・・・直ぐに後部が持ち上がって水平に戻り始める。
木箱で造った山に進み続けている為、後部が持ち上がるのと同じぐらいのペースで前部も上がっていっているので角度はそれ程急にはなってはいないものの、試作機がガックンガックンと揺れる。
「ちょっとこれ、上の荷物は大丈夫かも知れないが人間がうっかり転がり落ちるかも知れないぞ?」
人間というのは動きに対応してバランスを戻そうと動く癖がある。
バランスを戻そうとしている所で機体がガクンと動くため、動きが変になってバランスが崩れてしまうのだ。
必死になって試作機の上でバランスを取っていたら、今度は木箱の山の天辺を通り過ぎて前が下になって傾き始めた。
こちらもガックンガックンと変なタイミングで前部が下がっては上がりする為、滅茶苦茶居心地が悪い。
やっと平らな部分に辿り着いて試作機を止めた頃には俺の膝はがくがくしていた。
「もう少し早く結界が変化して滑らかに角度修正してくれないと、ガクガクしすぎだ」
試作機を止めて下り、足をプラプラと振って何とかバランスを保とうと力を込めていて凝り固まった筋肉をほぐす。
「確かに見た目は凄くガクガクしていたね~。
もう少しゆっくり動かせば良いんじゃない?」
シャルロがコメントする。
「いや、障害物に対して自分から進んでいくなら速度を制御できるが、山津波が来た場合なんかはもっと早い反応が必要な位だろう」
アレクが首を横に振る。
「そう言えばさ、思ったんだけどこれって高さに対応するために結界の出力を上げるけど推進に必要な出力は殆ど変わらないじゃないか?
そう考えると、馬も使えないような勾配が急でラバや人夫を使って物を運ばざるを得ないようなルートでの荷物運びに使えそうかも」
普通の荷馬車と競合した場合には魔石の使用量が多すぎて話にならないが、荷馬車が使えないような場所でだったらこの魔石の消費量でも現状の輸送手段より安上がりな可能性がある。
鉱山近辺での鉱石の輸送に使うのも有りかもだし。
「ふむ。
鉱山での輸送は確かに色々と課題があるらしいからな。
ちょっと調べさせてみよう。
だが、まずは渡河用魔具としての問題点と対処しないと」
アレクが頷きながらメモを取った。
そうなんだよなぁ。
これでも魔術回路で角度認識していたのに比べれば圧倒的に早くなったんだが、現実として蒼流が見せてくれた山津波モドキの水の動きを考えるとこれでもちょっと足りないかも知れない。
「もう一度川に行って、これであの山津波に遭遇しても渡りきれるかどうか、試してみないか?
どうせ増水中のヤバ気な川を渡ろうとしているんだったら必死にしがみ付いているだろうから、ちょっとぐらい居心地が悪くても構わないだろうがひっくり返るんじゃあ話にならない」
このガクンガクンとした居心地の悪さは鉱山とかで使う分には解決しなければならない問題だが、渡河用魔具としてはそれ程重要ではないかも知れない。
まずは実際に水面の急激な変更に行き当たった時にどうなるかを確認してから、何をどの程度改善する必要があるか考えよう。
増水中の川を渡っている最中にひっくり返る事は許されませんからねぇ。