648 星暦556年 紺の月 18日 渡河用魔具(2)
「そう言えば、帰る前に水面がどのくらいの角度になり得るのか確認した方が良くない?」
帰宅しようと荷馬車を地滑橇から降ろそうとしたところでシャルロが声を上げた。
「・・・まあ、そうだな。
荷馬車をもう少ししっかり固定した上で、蒼流に頼むか?」
流石に御者が投げ出される可能性が高い今回はシャルロ本人は乗っていない方が良いだろうが、地滑橇に載せた荷馬車その物がどうなるかは観察してみたい。
「ちなみに、上流や下流に変な影響を与えずに確認できるのか?
山津波に近い現象がそのまま下流に流れたら、大騒動になるぞ」
アレクが口を挟む。
「大丈夫だよね?」
シャルロが隣に浮かぶ蒼流に尋ねる。
『問題ない』
珍しく蒼流の心話が聞こえた。
普段はシャルロとしか話そうとしないが、流石にここでシャルロ経由で話をするのは時間の無駄だと思ったようだ。
「取り敢えず、荷馬車をロープで地滑橇に縛り付けてみるか?
現実的に増水した川を無理にわたる際にできる安全対策ってその程度しかないよな?」
荷馬車に積んであったロープを取り出しながらアレクに確認する。
「そうだな。
後はせいぜい上に防水布を掛けるぐらいか?」
確かに増水時だったら雨が降っている可能性が高い。
荷物が濡れないように、防水布を被せているだろう。
となったら、防水布がロープでの固定にどう影響するかを知る為にも、布を被せてその上からロープで縛りつけてみるか。
流石に宙に浮く仕組みの魔具とは言え、荷馬車が乗っている台の下をノンビリ這う気にはなれなかったので、拳程度の岩にロープの端を結び付けて地滑橇の下をくぐらせる形に投げる。
ふと、地滑橇の下に手を差し込んでみた。
それなりに圧力を感じるが、痛い程ではない。
道端にあった岩を二つほど持って来て、それを下に押し込んでその間に手を入れてみる。
「・・・何をやってるの?」
シャルロが声をかけてくる。
「いや、障害物があったら下に掛かる圧力がどう変わるのかなと思ってね。
面白い事に、障害物の間だと圧力が下がるんだ。少しは力が掛かっているけど。
・・・これって、子供とかが面白がって下に潜り込もうとかしないか?」
まあ、地上で地滑橇を浮上させるのは川際で荷馬車を載せて渡河の準備をし終わった段階と、渡河が終わって川岸に付いた段階だけなので、興味を持った子供が下に潜り込む機会は余りないとは思うが・・・何らかの理由で渡河の後に手間取っていたりしたら子供が潜り込む時間がないとは言い切れないだろう。
「・・・ちょっと適当な形に整えた袋に水を入れて地滑橇の下に入れてみるか。
下への圧力は分散されるはずだから馬車に轢かれるような惨事にはならないはずだが、安全だとも思えない」
アレクが少し眉を顰めて考え込んでから提案した。
う~ん。
確かに自分を下敷きにして実験してみたくはないな。
少なくとも、どのくらい力が掛かるかを確認してからじゃないと怖い。
「そこら辺のテストは庭でも出来るから、まずは山津波っぽい状況でどの程度水面に角度が生じるのか確認しよう」
シャルロが地滑橇の向う側に通したロープを荷馬車の上を通して戻しながら言った。
「そうだな。
まずは川辺じゃなきゃ出来ない実験を終わらせよう」
適当な布を被せ、ロープで縛り付け、川へと地滑橇を戻す。
川の半ばに付いたらシャルロが水面を歩いて戻って来た。
う~む。
なんかこう、水の上を歩く姿ってちょっと神々しく見えるんだよなぁ。
何かの詐欺に使えそう。
とは言え、ポヤポヤのシャルロじゃあ近づいた段階で神々しさが散っちゃうが。
まあ、考えてみたら貴族のお坊ちゃまなのだ。詐欺なんぞする必要は無いな。
蒼流が居れば例えシャルロの実家に何かがあろうと絶対に生活に困る事にはならないだろうし。
俺もちょっと下町臭がし過ぎて『神々しい』路線の詐欺には向かないだろう。
『穏やかで真面目』っぽく見せてアレクがぎりぎり可能と言ったところか?
そんな馬鹿なことを考えながらシャルロがこちらに戻ってくるのを待っていたら、此方に来たシャルロが声をあげた。
「やるって~」
突然、穏やかだった川の水が膨れ上がったかのように2メタ程持ち上がり・・・地滑橇が横転した。
「マジか?!」
そうか、渡河の最中に上流から大きな波が来ると、横に向いているから横転しちまうのか。
「・・・ちょっとこれは驚いたな」
アレクが呻くように呟きを零した。
シャルロが頼んだのか、蒼流が気を利かしたのか知らないが、川の水が更に動いて横転した地滑橇を元に正した上でざば~んと川岸まで押し戻してきた。
「水の力って凄いな」
地滑橇の横転も驚いたが、あっさり地滑橇を荷馬車ごと川岸へ運べるのも凄い。
取り敢えず。
増水時の水の力は過小評価しない方が良さそうだ。
その水の力を意のままに使えるのがおっとりシャルロ(と庶民派ウィル)でアファル王国は幸運でしたね〜。