643 星暦556年 紫の月 27日 清掃は重要(14)
「この誤作動は致命的だね」
絨毯の毛が刈り取られたようにすっと横1ハド縦1イクチ程短くなっているのを見て、呆れたようにシャルロが呟いた。
「だなぁ」
俺たちは、まずはブラシの形や毛の素材や長さを色々と変えてみたのだが・・・ブラシの形によって真ん中の方に巻き取った髪の毛を寄せられてブラシを回す構造への絡まりを減らせたり、髪の毛を巻き取らなくなるまでの時間が長くなったりと多少の改善はあったものの、定期的に髪の毛をブラシから取り除く必要があるという問題点は解決されなかった。
パディン夫人は『毎回掃除に使った後の手入れとして髪の毛を取り除けばいいだけじゃないですか。
そんなに悩む必要はありませんよ?』と言っていたが・・・開発しているうちに、シャルロが『これって魔術学院で寮の部屋掃除にも使える!』と言い出したせいで若い富裕層の子供でも使い続けられるだけの簡単な構造にしようと更なる努力をすることになってしまったのだ。
貴族や裕福な商家の若い世代が実家に住んでいないことは多々ある。
一人暮らしだったら態々メイドや家政婦を雇わない可能性は高く・・・そうなると床を綺麗に出来る清掃用魔具の購入層になるかも知れない。
そう考えると、利便性は何よりも重要である。
金持ちな坊ちゃんに、毎回使った道具の手入れなんぞ期待は出来ない。
という事で、一回転するごとに鋭く薄い刃をブラシの中から浮き上がらせて絡まった髪の毛を切るという仕組みをまず試してみた。
これでブラシを動かす機構までが髪の毛でがんじがらめになって回転に支障が出るという事は無くなったものの、髪の毛がブラシに巻き付いて効率性を下げていくという問題点は解決されなかった。
一か所ではなく5か所程刃が出るようにして、切り刻んだ髪の毛を吹き上げて上の除去結界で埃と一緒に集めるという試みは・・・なんと、刃が出るタイミングで本体を動かしていると絨毯の毛まで切ってしまう事が判明。
一か所しか切らないのだったら絨毯に面していない部分で刃が出るようにすればいいのだが、ブラシから髪の毛を吹き飛ばせるだけ絡まった髪の毛を短く刻もうと思ったら、それなりの数の刃を使う必要があり、どうしても本体を動かしていると絨毯まで切ってしまうのだ。
「ある意味、庭の草刈りに良さそうだけど、流石に鎌を振りまわせば何とでもなる草刈りに魔具を買う人はいないからなぁ」
アレクがため息を吐く。
失敗作でもなんとか売り出せないかと工夫するのが好きなアレクだが、流石にこれはちょっと微妙過ぎる。
「毛を刈るって話だったら髭剃りとか足の脱毛とかに需要はあると思うけど、肌に刃をつけないで体毛を安全に除去できる方法を見つけるのは難しそうだよね~」
シャルロが笑いながら言った。
俺たちは誰もそれ程髭が濃い訳ではないが、それでも流石に最近は一応毎朝髭を剃っている。人に会う日は特に。
クリームを顔に塗って剃刀を肌に当て、剃り終わったら顔と剃刀を綺麗に洗わなければならず、確かにあれを手軽にできるならちょっとぐらい高額でも魔具を買いたくなるかもしれない。
とは言え。
流石に顔に刃を当てる魔具を造るのはなぁ。
誤作動した時の被害が大き過ぎて、ちょっと試したくない。
男でも意外と自分の顔が好きな連中は多いのだ。そう言う奴らの顔に傷を付けたりしたら後が怖い。
女性は髭剃りは無いだろうが、腕や足の脱毛で肌に傷をつけたら一生ものの責任問題になりかねないし。
結婚出来なくなったから、貴族の女性が一生生きていけるだけの賠償金を払えなんて言われたら一気に破産だ。
「体に生えている毛を直接除去するのは厳しいからなぁ。
ある意味、禿になる禁呪を研究したら手足だけとか顔面下部だけ、毛が生えなくなる術を造れるかも?」
それこそ、そういう呪具の開発を東大陸のザッファの連中にでも依頼したらどうかな?
まあ、それで頭髪が抜け落ちる呪具を完成させられたりしたら世界中の人間から恨まれそうだから、やめておいた方が無難だろうが。
「髭剃りも脱毛も取り敢えずはおいておくとして。
こちらの清掃用魔具は、毎回使ったら最後に集めた埃を捨てるのだろう?
だったらその際に髪の毛もばさっと取れて捨てられるようにしないか?
毎回使った後の手入れは無理だが、流石に使った後のゴミ捨て程度はやるだろう」
アレクが脱毛に関しての話し合いを切り上げ、提案した。
確かに。
取り敢えず毎回1回転するたびに髪の毛を切っておけばブラシについている髪の毛も極端にがんじがらめに絡みつくことになっていないだろう。
そうなったら後はブラシの内側から外へ向かって押し出す構造を付け加えればブラシに絡まった髪の毛や糸とかを取り外せる可能性は高い。
「よし。
そっちの方向で工夫してみようぜ」
そろそろこれも終わらせて、オモチャか渡河用魔具の方に移った方が良いだろうし。