639 星暦556年 紫の月 9日 清掃は重要(10)
「う~ん、ちょっとこれ、現行の商業に使うには魔石使いすぎじゃない?」
試作品の前でシャルロがため息をついた。
結局、御者は馬も乗りこなせるが、大切な荷物を載せた車体を後ろの見えないところで引っ張るというのは許容できないと言われ、地滑橇(と取り敢えず呼んでいる)の前方に少し高くした御者台を付けることにした。
元々、地滑橇の利点というのは宙に浮いているから殆ど抵抗なく動かせることなのだ。
街中を出たばかりでスピードが出ていない段階で馬と橇を繋いでいるロープを切られたりしたら、確かに気が付かずにそのまま走り去ってしまう可能性がゼロではない。
かなり間抜けすぎる話だが、荷物を動かすのにほぼ力が要らないのが売りなのだ。
その力が掛からないままの状態が変わらず続いたところで異常は感じられないだろう。
振り返れば橇が無いのは一目瞭然だろうが。
まあ、それはともかく。
御者台と御者の体重、及び荷物の負荷を全部合わせると、それを浮かすだけの魔力の必要量がかなりとんでもないことになった。
しかも外の道を運ぶので、半ハド浮かせるだけでは轍の端や飛び出している石にぶつかったりするので、最低でも1ハドは浮かす必要があったし。
お蔭で中サイズの魔石をザラザラと注ぎ込む勢いで魔力が消費されてしまう。
魔石を大きな箱一杯分ぐらい持って行かないと、隣町への往復すらおぼつかなかった。
勿論、人間の魔力で充填なんて無理。
シャルロですら10メートル程度で魔力切れになりかかったので、普通の一般人がやろうとしたら即昏倒だろう。
「早馬並みの速度で荷物を引いて動けるから魅力的ではあるが・・・確かに動かすのにこれだけ魔石を消費するとなると、並大抵の荷では話にならんな」
ため息をつきながらアレクが応じる。
「人間だけ動かすんだったら空滑機を使えば良いんだし、薬とか命令文とかだって緊急時程度の量だったら空滑機で運べるよな」
どっかの街で致死性の高い伝染病でも流行って、街の住民全員分の薬を至急で届けなければならないなんて状況になったら確かにこの地滑橇が活躍するかも知れないが、それ以外の状況ではこれだけ費用が掛かる火急な運搬需要なんて思いつけない。
現状の流通網で動いている商品に、この追加魔石代を上乗せしてまで売れる物は無いだろう。
少量で比較的軽い物を運ぶなら軽い人間を使って風に乗る空滑機で運ばせる方が効率的だし。
「取り敢えず、空滑機に使ったのと同じ工夫で本体を出来る限り軽くして、荷台にも軽量化の魔術回路を刻みまくってみるか。
あと、やはり1ハド浮かせるのではなく半ハドにして、下面全部を基準面としてそこで一番近い表面から半ハドという定義にすれば少なくとも飛び出した石に底面が抉られることはないだろう。
それなりに重いから、多少のデコボコではひっくり返らないと期待したいところだな」
ため息をつきながらアレクが改善点を挙げていく。
「やっぱり御者は馬に乗らして、後ろの状態が分かるように鞍に後ろが見える鏡でも付けたらどうだ?」
成人男性一人の体重というのは馬鹿にならない。
その体重と御者台の重量が減れば、魔力消費量もそれなりに減る筈。
「あとは・・・それこそ、売り先の想定を商家ではなく軍にでもしてみるか?
劣化の早い魚や果物を富裕層向けに運ぶとでもいうのでないかぎり、商業ベースでこれだけ高い運搬具の需要は無いだろう。
食品で継続的にそんな高額消費を見込めるか分からないとなると購入する商会も出て来るか微妙だし。
軍だったら・・・場合によっては費用は度外視してでも食糧や装備品諸々を運ぶ必要はあるかも知れない」
ため息をつきながらアレクが付け加える。
「今挙げた改善点を組み込んだ試作品ができあがったら、一度ウォレンおじさんにこれを見てもらって意見を聞いてみる?
軍部の移動となったらそれなりに量も動かさなければならないから、どれだけ速く動かせるとしてもこれだけの魔石消費は許容できないかも知れない」
シャルロがため息をつきながら言った。
軍部用の魔具を造るのは俺たちの求める方向性じゃないんだよなぁ。
だが、現状でこれだけ湯水のごとく魔石を使う運搬手段を販売価格に上乗せできる商品が思い付けないとなると、地滑橇は普通の商家では使えないだろう。
次の試作品でダメだったら、諦めてオモチャ作りに集中するか。
まあ、アレクの実家の誰かが地滑橇の利用法を思いつくかもだが。
待っている間はオモチャの安全装置開発だな。
一々何か運ぶのにジェット機をレンタルする様な費用だったら商業利用は難しいですよねぇ。
超富裕層の気紛れ用に使えるかも?