634 星暦556年 赤の月 25日 清掃は重要(5)
「まあ、それはともかく。
取り敢えず、一々床に触れている部位にケーブルをつけなきゃいけないのは面倒だが、どうしても丁度いい定義づけが出来なかったからしょうがない。
これで無事、重い家具も持ち上げられるようになった・・・筈だよな?」
人生の分岐点についての回顧は後回しにして、開発の方に話を戻す。
理想としては、家具の一か所に魔具を触れさせることでそれを結界の対象として定義づけ出来れば楽だったのだが、残念ながら一本の木材をくり抜いて一つの家具を造り上げているケースはほぼ無く、基本的に家具というのは複数の部位をネジや釘で固定して作り上げる。
高級家具になると木材の形を複雑にしてそれで組み合わせることで動かなくしている組木細工もあるが、どちらにせよパーツから出来上がっていることには変わりなく・・・俺たちが入手できた魔術回路の対象認識はどれもあまり融通が利かず、組み立てあげた他の部分が対象の一部として認識されなかった。
触れている物を結界対象にするというのは人間相手の防御用結界で何通りかあったのだが・・・当然の事ながら複数の部位を釘やネジで留めている人間はまず存在しない。なので人間用に開発された対象認識の魔術回路を使って家具の脚を全部結界の対象とする為には、床に触れている各部位を魔具の一部であるケーブルで接触させて定義対象とするしかなかったのだ。
基本的に同じ木材で造っているだろうから『ケーブルの触れている物体』ではなく『ケーブルの触れている物体と同質の素材で出来ている物』という定義づけが出来れば使用は楽になったかも知れないが・・・一本の木材からではなく、複数の木材を使っているせいか4本の脚のうちの一本だけとか、脚の裏だけとかが『同質の素材』と見做されない家具が出てきたのだ。
重い家具のランダムな一部だけを結界で持ち上げると家具に過度な負荷が掛かるらしく、嫌な音がしているのを無視して強引に動かそうとしていたら、対象外になった脚にヒビが入ってしまった。
そこで『同質の素材』の定義づけをもっと大雑把してみたら・・・今度は動かすつもりがない隣の本棚まで対象範囲になって無駄に持ち上げようと魔力を注ぎ込んでしまう始末。
『作業机の脚の部分に繋がっている固定されている部位』という定義でやってみたら、机の脚と上のカウンター板とが繋がっていないと術的に見做されて、そのカウンター板から繋がっていた他の脚も当然の事ながら範囲外になってしまったし。
結局、数日ほど頑張って試行錯誤したのだが・・・諦めた。
「じゃあ、リビングのソファやダイニングテーブルでも試してみようか」
俺にもフェイタールの焼き菓子を差し出した後、自分の分を食べ終えたシャルロが立ち上がった。
「そうだな」
最初の実験を工房でやったお蔭で、傷がついたのは工房の床だけだった。
色々と家具にダメージが行くかもということで、今までの実験は工房の作業机やアレクが何処かから入手してきた古くて重い家具と適当なタオルや古い絨毯を使っていた。
今度は本当の傷がついたら困る家具だ。
俺は安物でも構わなかったのだが、流石にシェフィート商会の御曹司であるアレクと侯爵家のご子息であるシャルロはそれなりの品質を家具に求めるらしく、リビングのソファやダイニングテーブルはかなり物が良い。
その分重いが。
絨毯も厚くてふかふかだし。
これを使って実験するのはちょっと怖いが・・・まあ、一応古い絨毯では大丈夫なことが確認できたのだ。
今回も問題ないと期待しよう。
「う~ん、やっぱり床に這いつくばって脚にケーブルをつけるのって面倒だね」
ケーブルをソファの足に付けながらシャルロが愚痴る。
まあ、貴族のご子息なんだ。
何かを落として探すとかでも言うんじゃない限り、床に這いつくばる経験なんてあまりないだろう。
俺としては床にある隠し金庫を漁るという楽しい経験が多いので、床に座り込むのもしゃがみ込むのも嫌いじゃあないのだが。
この魔具を使う事が多いであろう家政婦や使用人、引っ越し業者や捜査員だって床に馴染みが十分あるだろうが・・・確かに手間ではある。
「立ったままペタって張り付けられる棒でも造るか?
ちょっと形を工夫して、ケーブルの粘着力を調整すれば棒で付け外しするように出来ると思うぞ」
まあ、ケーブルを一々付けて回らなければならないというのは本当にかなり微妙ではあるんだがな。
片足だけ持ち上げて、下に差し込む形で結界を展開するのはどうかとも思ったのだが、そうすると上に乗っている物が落ちる可能性があるので一々上の物を全てどけなければならない。
その方が更に手間だという事で却下したのだが・・・本当に今回の魔具は、使う人間が使用人であることを考えるとあまり高額では売れそうにも無いのに色々と問題が多い。
「じゃあ、起動するぞ」
アレクが声をかけ、魔具のスイッチを入れる。
ブンっと鈍い音がして、ソファがふわりと浮き上がった。
「おお~。
上手くいったね!」
シャルロがご機嫌な声を上げ、ソファをそっと押してみた。
中に浮いたソファが一歩分ぐらい前に動き、止まる。
うん、この程度だったら触ったら飛んで行って壁や人にぶつかったなんて事故も起きなそうだし、良い感じかな。
「後は、実際に絨毯本体の掃除か。
取り敢えず、この家具を持ち上げる魔具もこのままだけでも使いたがる顧客層がいるか、商会の方で探りを入れさせておくよ」
満足そうに自分でもソファを押して動かしながら、アレクが言った。
俺は・・・流石に盗賊ギルドに売り込むのは顰蹙だろうから、販売先の開拓には関与しないでおこう。
税務局とか軍の情報部の調査部門だったらそれなりの値段でも買ってくれるかな?
とは言え、ウィルは役人も軍人も嫌いなので売り込みは出来なそうですがw