632 星暦556年 赤の月 11日 清掃は重要(3)
「さて。
家具を持ち上げる魔道具ってどうやるか・・・」
パディン夫人が家事に戻った後、我々3人は工房でアイディアを投げ交わす事になった。
「空滑機で使った、指定した範囲内で質量軽減と浮力の魔術回路を起動させる感じにしたらどうかな?」
シャルロが提案する。
「確かに少し軽くなるだろうが、元々ずっしり重い家具だぜ?
持ち上げやすくなるにしても浮き上がりはしないから、『ちょっと楽になる』程度じゃあ態々高額な魔具を買ったりしないんじゃないか?」
空滑機では出来るだけ中を空洞にし、各部位には頑丈かつ軽い素材を選りすぐり、他にも色々工夫をしまくってもちゃんと浮くだけの浮力を得るのにかなり苦労をした。
軽くすることなんて考えていない家具を相手にあの魔術回路を使っても効果は中途半端な気がする。
「確かに。
しかも高級な家具になればなるほどぎっしり中身の詰まった良い木を使うから重いだろうし」
アレクが俺の言葉に合意した。
そうなんだよなぁ。
ソファやベッドのクッションに拘るなら分かる。
だが、テーブルの上にガキがふざけて飛び乗ったりしないような金持ちに限って、やたらと頑丈でどっしりとした家具を買いたがる。
まあ、お蔭で何かの際に飛び乗っても滅多に壊れないからお邪魔していた時代には時折便利に使わせてもらってはいたが。
極まれに、床下では無く天井に物を隠す変わり者がいるのだが・・・成金で見た目だけ重視する奴の家だと、家具が嫌な感じに軋んでひやりとしたことが何度かあった。
そう考えると、盗賊にとっては金持ちは是非ともがっしりとした頑丈な家具を使ってもらいたいところだが、買う方にはそんなのを揃える意味はない様に思う。
外見で違いが分かる訳でもないだろうに、何故か金持ちってやたらとがっしりとした頑丈な木を使いたがるんだよなぁ。
もしかしたら知る人なら見たら分かるのかも知れないが。
もしくは、木目が綺麗な木というのはみっしり中身が詰まって重い木なのかも?
でも木目が目的なら、表面だけ一枚薄く切った板を貼っておけば良いだけだろうに。
まあ、そう言う『ケチなズルをしないで良いぐらい余裕がある』と言うのも誇りに思う点なのかな?
俺からしてみれば、家具職人か仲介に入った商会に良い様に言いくるめられてるぞ〜と言いたくなるけど。
「起重機みたいに、家具の下に何か板を差し込んで持ち上げるのは?」
そんなどうでもいい事を考えていたら、シャルロが更に提案していた。
「高さの調整が面倒そうだし、何よりもそれじゃあ家具を動かせないんじゃないか?」
本当の起重機みたいに回せる形にすれば室内での移動には使えるが、動かせる範囲がかなり限られるし、下手をしたら周囲の家具にぶつかって大惨事になるかも知れない。
それに起重機を動かせないから引っ越しに使えないし、家具の配置換えにも利用しにくいだろう。
「結界を家具の下に展開させて、それが何も通さない設定にしてゆっくり結界の位置を動かすのはどうだろう?」
アレクが提案した。
結界というのは元々指定された物、もしくは指定されなかった物を通さないようにする魔術的仕組みだ。
家具を通さない様に結界を設定し、床と家具の間に展開した結界をゆっくり上へ動かしたらそれに押される形で家具が持ち上がる可能性はあるだろう。
「かなり魔力を喰いそうだから、一時的に質量軽減の術を家具の方に付与した方が良いかもな。
あと、絨毯や床板に結界の一部が入り込んだりしないように確実に設定する必要がある」
絨毯の一部を結界が貫通していたら、結界を動かした際に絨毯が破ける可能性がある。
もしくは床板が割れるとか。
掃除する為の魔具を使った結果として、掃除の対象が破れたりしたら・・・悲惨だ。
「確実に絨毯の上に置いている家具にだけ使うなら素材指定で何とかなるけど、床に直接置いている家具を持ち上げる場合にも使えるようにしようと思ったら、中々前途多難そうだね~」
難しい顔をしたシャルロが呟く。
うん。
そうだね。
たかが掃除道具に・・・と思わないでも無いが、これで生活が便利になるなら頑張る価値はあるだろう。
しっかし。
難しそうな顔をしているのに、そして言っている言葉の内容だって大変そうなのに、何だってお前が言うと何とかなりそうなぐらい軽く聞こえるんだろう?
不思議だ・・・。
家具をガンガン持ち上げられるようになったら引越し業界が一変しそう。
そんでもって家の中を探す様な捜査機関及び盗賊ギルドの皆さんが大量購入したりw