631 星暦556年 赤の月 11日 清掃は重要(2)
「絨毯の清掃ですか?」
絨毯やタペストリーの清掃用魔具を開発するにしても、まずは実務を良く知っているパディン夫人に詳しい話を聞こうと相談することにした。
「そう。
こないだ兄の所に遊びに行ったんだけど、また新しく姪か甥が生まれるって聞いてね。
年末の掃除で見ていたら絨毯って実はあんまり綺麗にしっかり掃除出来ている訳じゃないでしょ?
あれの上を幼児がハイハイするなんてちょっとな~と思って、綺麗にする魔具を開発しようと思って」
シャルロがクッキーを勧めながら説明する。
そのクッキー、パディン夫人が焼いたものだから別に本人は欲しかったら食べたいだけ試食していると思うぞ?
昨日焼いていたから今日になって食べたくなっているという可能性も無きにしも非ずだが。
とは言え、大元のクッキー缶が台所にあるのだ。
やっぱり欲しかったらいつでも食べられることに変わりはない。
それでも雇い主にクッキーを勧められるのはそれなりに嬉しいのか、ニコニコしながらパディン夫人はクッキーを一枚取って勧められたソファに座った。
「そうですねぇ。
絨毯は下に砂埃や虫の死骸などが溜まっているので、本当に綺麗にしたいなら絨毯本体だけでなく、まずその下を掃除して綺麗にする必要があるのがある意味一番大変ですね」
「絨毯の掃除その物はそれほど難しくないのか?」
アレクが意外そうに尋ねる。
「ある意味、ウールのコートと同じでしっかりとブラッシングすればそれなりに綺麗になります。
単に濡らせば汚れが落ちるという訳ではありませんし、ウールの中に入り込んだ汚れを浸すだけで落とせる程強力な洗浄剤を使ったら色落ちしたり部分的に色が褪せたり、酷い場合には毛が抜けてがたがたになったりしてしまうので、水洗いをするのには細心の注意が必要ですから。
丸ごと水洗いが必要な程汚してしまった場合は・・・もう諦めた方が良いぐらい酷い場合も多いです。
ただ、しっかりブラッシングして綺麗にしようにも、敷いてある床が汚ければ意味がないでしょう?家具と絨毯をどけて掃除しなければならないというのは本当に大変ですよ。
勿論、理想を言うならばウールの毛の間に入り込んだ汚れを落とせる洗剤があると便利ですし、素早く水を切れる方法があったら乾くのも早いでしょうし、洗った後に汚れが絨毯の奥に入り込まずに表面に残っていてくれるように出来たら普段の掃除でかなり綺麗に出来るとも思いますね」
パディン夫人が淡々と希望を列挙していった。
・・・考えてみたら、この家だってそれなりに絨毯やラグが置いてある。
工房では何がばら撒かれるか分かったものではないのでワックスでしっかり防水加工した上に薄い防御結界を展開した板のフローリングにしてあるが、リビングや各自の個室には足元を温めるためにも絨毯やラグが置いてあるのだ。
その掃除もパディン夫人がやっているのだが・・・確かに大変かもしれない。
まあ、ウチの場合は蒼流や清早に頼んで丸洗いという奥の手が使える。
それで綺麗になるのだが、精霊に頼まないと水洗いというのは気軽に出来ることでは無いようだ。
「そっか。この家に来た時は蒼流に絨毯を含めて家の中を全部水洗いして貰ったら綺麗になったから、絨毯も水洗いするのが一番だと思っていたんだけど・・・そう簡単な話じゃないんだね」
自分もクッキーを手に取りながらシャルロが呟く。
考えてみたらちゃんと厚みのあるウールのコートはある程度は水をはじく。
となると、ウールの絨毯を洗おうと水につけてもある程度の水ははじかれてしまいそうだ。
水が弾かれないような強力な洗浄剤を使うと色落ちとか言った問題が起きる可能性があるのだろう。
「ちなみに・・・絨毯の掃除なんて、使用人がする作業です。
魔具を造ったところで買う人はあまりいないのでは?」
パディン夫人が更に付け足す。
「う~ん。
子供が産まれた貴族の家だったら買う可能性も高いと思うんだけど・・・一応今度兄に確認してみるね。
ウチの家族の場合は僕が蒼流に頼めばいいという考え方もあるんだけど」
シャルロが腕を組んで考え込み始めた。
「取り敢えず、絨毯掃除で最初に問題になるのは家具を持ち上げることだろ?
家具を持ち上げて動かすっていう作業は引っ越しとか、模様替えとか、普通の掃除とか、変な魔具が設置されてないかの確認とかでも重要になるかもだから、家具を持ち上げる魔具をまず造ってみないか?」
それに、家具を魔具で持ち上げられたら床下に隠し部屋や隠し金庫がある場合も家具を動かした傷跡で場所がバレるという危険も回避できるから、それなりに需要がありそうな気がするし。
通信用魔具の設置と撤去で家具を動かす需要も増えるだろうし、それなりに売れるんじゃないかな?
清掃作業も楽になるだろうからシャルロの目的にも合致しているし。
『シーフ』だけを読んでいらっしゃる皆様には、1日遅れですがあけましておめでとうございます。
急にここ数日で寒くなりましたが、皆さまご自愛ください。
今年も頑張って更新していきますので宜しくお願いします!