628 星暦556年 藤の月 30日 とばっちり(15)
「俺、東大陸か・・・パラミティス王国あたりにでも、逃げた方が良いですかね?」
大々的なスラム改善計画が実施されるとファルナから雑談のついでに聞いた俺は、休養日に盗賊ギルドの長の所に顔を出していた。
シェイラや仲間のこともあるからアファル王国を捨てたくはないが・・・俺のせいでスラムをひっくり返す大騒動になったなんて逆恨みされているとしたら、ヤバい。
今回は暗殺ギルドも直接影響を受けるのだ。
狙われるとしたら対応しきれないだろう。
パストン島の方がそれなりに立場もあるし、なんと言っても住民数が少ないのでよそ者が目立つから良いかも知れないけど・・・東大陸だったらシェイラが興味を示すような遺跡が幾つかあるだろうが、パストン島にはほぼ確実に無いだろう。
そう考えると東大陸の方が良い気がするんだよなぁ。
ほとぼりが冷めたらそっと帰って来ることにして、それまでこっそり長期休暇の時にシェイラに会う為にも、遺跡がありそうな所の方が都合が良い。
農業国のパラミティス王国に遺跡があるかは不明だが、あそこは昔から農業地域だったのだ。
古代の人間だってあそこで小麦を育てていた可能性は高いだろう。
多分。
・・・それとも遺跡があったような時代だと気候や地形が違っていて、農業は別の地域で行われていたかも知れないか?
「はぁ?
引っ越したいんだったら好きにすれば良いが、なんでここに相談に来るんだ?」
長がワイングラスを手に、首を傾げながら尋ねた。
「なんか最近軍部と色々やっていたんだけど、その時に言った何かが原因でスラムの掃除が始まったんだとしたら報復がヤバいかもと思って」
全くの偶然という可能性もあるかも知れないが・・・だったら態々ファルナが俺に雑談という形をとってスラム改革の話なんてしないだろう。
「ああ、それか。
別に心配しなくても良いぞ。
少なくとも我々三大ギルドは元々弱者を脅して搾取するしか能がないような破落戸が警備兵に金を払ってその権力を都合よく使っているのは迷惑に思っていたからな」
長が肩を竦めてワインの香りを確かめながら言った。
「あれ?
今回の改革に三大ギルドが協力しているって聞いたけど、脅されてではないんですか?」
スラムを更地にするという脅しと共に提案された『協力』だと聞いたのだが。
「我々三大ギルドの客層は基本的にスラム外だ。
スラムに住んでいる住民で我々にとって収益源となるだけの金を持つ者なんて殆どいないだろう?
いるとしても色々面倒だから相手にしていない。
更地の話は他の連中が邪魔をしないように牽制する為の脅しだ」
ワインをゆっくりと味わいながら長が教えてくれた。
なるほど。
確かに、大多数のスラムの住民は貧乏過ぎて三大ギルドのサービスを使ったり標的にはなりにくい。
スラムの住民から搾取することで金を集めた破落戸のトップとかは、狙うと後々まで執拗に報復に狙ってくるから手間を考えると手を出す価値はほぼ無いし。
そう考えると、三大ギルドにとってはスラムって隠れ家としてだけしか意味はないのか?
「娼婦ギルドはまだしも、我々と暗殺ギルドは元々特殊技能が必要な職種なんだ。
普通に貧乏な下町や、現状に不満を持つ一般市民で才能がある人間を誘えば良いだけの話だ。
食うのに困って今は何でもやる癖に、ちょっと腹が膨れたらすぐに裏切るような人間なんて、元々殆どは単なる使い捨ての駒だよ」
あっさりとスラムの人員が切り捨てられた。
俺もその一員だったんだけどなぁ。
まあ、確かに同時期に見習いモドキ(未満?)になった奴らは『ギルドに入れば楽が出来る』と信じているような考えたらずのバカが多くて、1年もしないうちに半数以下に減っていたが。
それでもどんどん新入りは入ってくるので盗賊ギルドの下層は常に見習い未満で溢れていたが・・・考えてみたら、確かにあれはいなくても大して関係なさそうだな。
スラムの環境が俺が子供の時よりも良かったら俺が盗賊ギルドに入ったか、そのせいで魔術学院で捕まって魔術師になったかは不明だけど・・・考えてみたら一応魔術院は神殿で才能のある人間を探してはいるのだ。
普通に食っていける状況だったら俺の才能がそちらで通常の流れの中で見いだされた可能性は高いかな?
どちらにせよ。
盗賊ギルドはまだしも、暗殺ギルドが激怒していないというのはいい知らせだ。
このままアファル王国に残っても大丈夫そうだな。
良かった。
スラムの改革なんて始める人間は恨まれそうでしょう。
破落戸に狙われる可能性もゼロではありませんが、素人に毛が生えた程度の彼らの事はそれ程心配していないウィル君。