625 星暦555年 桃の月 30日 とばっちり(12)
>>>サイド ウォレン・ガズラート
「聞いたか?
どうもとある南方の国で、壁や家具に隠し込んで長期間密かに使える通信用魔具が開発されたらしいぞ。
聞く方だけに機能を限定することで使用時間を長くしたようだ」
パーティの雑多な音に隠れる様、少しだけ低めた声でキリガン・オレファーニに話しかける。
やっと長年の懸念であったガルカ王国とテリウス教の問題がある程度解消され、王太子の結婚式も無事に終わったと思ったら今度は大規模な諜報作戦がアファル王国で行われていることが判明するなど、今年は本当に忙しい1年だった。
年末ぐらいは平和に過ごせるかと期待していたら、反対に眠る為に家に帰る時間を見つけるのすら苦労する始末。
本来ならば年末パーティになど出る暇など無いのだが、侯爵以上及び商業的・製造業的に重要な拠点を管理する領主に対して通信用魔具による盗聴の危険について知らせる必要が出てきた。
王宮で一気に関係者を呼び出して説明するには時期が悪すぎる上に情報が洩れる危険が高いという事で、団長その他数名の軍部の上層部が該当する貴族のパーティに出席してそれとなく警告をして回ることになった。
大手商会にも警告をすべきなのだろうが、商会はある意味常に情報戦をお互いに仕掛けている状態なので隙も少なかろうという事で後回しにすることに。
と言う事で、まだまだあちこちのパーティに顔を出す必要がある。
引退した老人をいつまでもこき使いおって。
取り敢えず、現時点で比較的容易に打てる対応策を示唆して次にパーティへと向かわねば。
「魔術師に定期的に心眼で壁や家具の中を確認してもらうのが、一番無難で手っ取り早いじゃろうな」
定期的に通信用魔具を排除するようになったら、それが魔術師を使ってだろうが魔力探知機を使ってだろうが、効果は同じだ。
通信用魔具を態と放置して偽情報を流す手法はそろそろ使えなくなりそうだ。
こうなったら魔力探知機をもっと広めても良いかも知れない。
「ふむ。
シャルロにもっと実家に帰ってくるよう頼んで、確認してもらうかな・・・。
王都の別邸の方には姪っ子を見にしょっちゅう行っておる癖に、オレファーニ領の本邸の方には面倒くさがってこないから、丁度いい」
にこやかにキリガンが計画し始めた。
いや、領都にも信頼できる魔術師がそれなりにいるだろうに。
まあ、折角末っ子を呼び戻す良い口実なのだ。
シャルロが気が付くまでは定期的にこの言い訳が使われそうだな。
なにやらご機嫌になってにやにやしているオレファーニ侯爵を放置して玄関に向かっていたら、焼き菓子や生菓子を皿に大盛りにしたシャルロに出くわした。
「シャルロ。
最近はどうじゃな?」
「まあまあ?
ウォレン叔父さんはどう?」
菓子を山盛りにした皿を差し出しながらシャルロが答える。
「最近は忙しくて、目も回りそうじゃ。
シャルロの仲間のウィル君を独占してしまって悪いな。
何か支障は出ておるか?」
ある意味、仕事納めして誰もが休みを取る年末に重なって良かったかもしれない。少なくともシャルロ達の事業への影響は抑えられた可能性が高い。
家族持ちの騎士たちにとっては家庭内紛争があちこちで勃発しているらしいが。
「そう言えば、今度からウィルの軍との契約は僕たちの工房との契約って形にしてアレクが交渉を担当するって」
山ほど菓子を持っていると言うのに、生菓子が何種類も置いてあるテーブルを熱心に見て回りながらシャルロが答える。
「ふうむ?
まあ、彼はどうも交渉が苦手らしいからそれが良いかも知れんな」
今回の一連の依頼でも、追加部分に関しては報酬の交渉が全くなかったと聞く。
「どうも、子供の頃の経験のせいであまりがっつり交渉すると暗殺されるかも知れないって心配になるんだって」
小さなクリームパフへ手を伸ばしながらシャルロがあっさり暴露した。
「はぁぁ??
軍部との契約で暗殺??」
裏ギルドからの依頼ならまだしも、軍部との正規の契約で暗殺は無いだろうに。
「知ってた?下町の警備兵って浮浪児相手だったらいつでも気が向いた時に叩きのめして身包み剥いでるんだって。
それを放置するような国の上層部なんだから、目をつけられたら何をされるか分かったもんじゃないと思っているみたい」
肩を竦めながらシャルロが答えた。
なんと。
確かに下町の警備兵の質の悪さは頭が痛い問題だが・・・それがこんな影響が出るとは。
いや、問題はウィル・ダントールだけではなく、浮浪児として生き抜いて成人した人間が誰一人として国を信用するつもりがないであろうという事か。
熾烈な環境を生き抜くだけの能力がある人間なのだ。
そう言った人間が、アファル王国への信頼も帰属意識もないまま王都に生きているというのは危険な状況だろう。
「ふむ。
あそこの問題は何度か色々と試しても、いつの間にか元に戻っていて国の上層部としても頭が痛いのじゃが・・・そろそろ本腰を入れて対応策を考えた方が良さそうじゃの」
「頑張ってね!」
更にプリンを手に取りながらシャルロが気楽げに応援の声をかけてきた。
なんとも頭が痛い。
賄賂で買収できる質の悪い警備兵というのは下町の権力者にとっては都合がいい存在である。
下手に彼らにとって都合の悪い清廉な人物で差し替えると、暗殺ギルドに依頼が出てしまうのだ。
小手先の対応策ではなく、本腰を据えて取り掛かる必要がありそうだ。
まずは目先の問題を解決してからだが。
下町の警備兵が劣悪なのは、左遷だと思って兵の方が不貞腐れると言うのが根本的な原因ですが、マトモな人間が真面目に責務を果たそうとすると命を狙われやすいという問題もあるんですね〜。
ある意味、下町全体で見ると自業自得な面もあったりw