624 星暦555年 桃の月 29日 とばっちり(11)
「しっかし、面倒そうだなぁ・・・。
軍部との精神汚染患者調査の契約が終わっても、下手をしたら今度は通信用魔具に声が掛かる可能性があるのか。
願わくは、俺個人ではなく魔術院とでも契約して各地の魔術師を動員してくれることを期待しよう」
シェイラからクッキーの皿を受け取りながら俺は思わずため息をついた。
「どうしたの、ウィルの得意分野じゃない。
がっつり大量に仕事をこなしてバンバン儲ければ?」
シェイラが軽く首を傾げながら尋ねる。
「魔術院経由の依頼だったら良いんだけどさ、軍部から直接だったら俺が報酬の交渉をしなくちゃいけないんだろ?
軍ならてっきりちゃんと相場を払っていると思っていたんだ。まさか交渉込みの割安価格を提示されていたとは想定外だよ。
これからの交渉が憂鬱だ・・・」
金を稼ぐことは好きだが、報酬の金額に関して交渉するのって苦手なんだよなぁ。
「じゃあ、工房の契約ってことにしてアレクに間に入って貰ったら?
ある意味工房の開発事業の運営にも支障がでるんだし、その分多少は手数料を工房側に入れるのも有りだと思うわ」
シェイラが提案する。
「おう、頼むわ」
アレクに頼めば交渉しなくて済むし、受け取る金額が増えそうだ。
「まあ、良いが・・・私が間に入ると場合によってはシェフィート商会への取引を交渉材料にされることもあるぞ?
ウィル個人で交渉する方が手元に入る金額は増えると思うが」
アレクが微妙そうに尋ねる。
「俺って魔術学院を卒業してお前らと工房を始めるまで、就労経験は裏社会での仕事だけだっただろ?
裏の仕事って、ギルドが請けてメンバーに割り振るのと、ギルドは話を通すだけで交渉はこっちがやるのと二通りあるんだよ。
で、どっちの場合も欲張って相手の弱みに付け込んで金額を吊り上げすぎると後で死体が川に浮かぶこともあったんだよ。
特に俺なんかはガキだったから、目をつけられたら終わりだったし。
だからいつも形程度の交渉しかしてこなかったんだよ。
お蔭で今になってもイマイチ報酬の交渉に関しては及び腰になっちまうんだよねぇ」
ガキで見習い以上の仕事をしている盗賊や暗殺者は少数ながらもそれなりに居た。
だが、金儲けに拘り過ぎるやつらはそのうち姿を消していた。
金に目がくらんで身の丈を超えた仕事を請けて失敗した奴もいたが、仕事をちゃんと問題なく終わらせたと聞いていたのにいつの間にか姿を見なくなった奴も多かったのだ。
ガキだからこそ、欲張ると危険だったのだ。
「なるほどねぇ。
とは言え、もう大人で社会的地位もある魔術師様なんだし、相手は軍とか大きな商会とかなんだから、そんなに及び腰にならなくても良いんじゃない?」
俺からクッキーの皿を取り返しながらシェイラが言う。
「いや、軍だぜ?
暴力を振るう為に存在する集団なんだ。
下町の警備兵なんて、日常茶飯事的に言いがかりすらつけずに浮浪児が金を持っていそうな行動をしていたら袋叩きにして身包み剥いでいくんだぜ?
しかも最近の相手は情報部。
きっと暗殺部みたいな部署だって併設してるだろ、あいつら?」
流石にウォレンのジジイはシャルロの工房の一員である俺に手を出そうとはしないだろうが、直接の交渉なんかで欲張ると何をされるか分かったもんじゃない。
「いやいや、正規の騎士団を下町の警備兵のゴロツキどもと一緒にしちゃあ可哀想だよ、流石に!」
アレクが思わずと言った感じに声をあげた。
「そうかぁ?
確かに成人してから会った下っ端の軍人は真面そうだけどよ、上層部は《《あの》》下町の警備兵の行動を『しょうがない』って黙認している奴らだぜ?」
「まあ、国の上層部が監督責任をちゃんと果たしていないって言うのはあるわね。
でも思っていた以上にウィルの軍に対する不信感って強かったのねぇ。
そこまで相手のことを警戒していたら、確かに報酬の交渉なんて疲れそう」
シェイラがため息をつきながら言った。
「というか、下町の警備兵がそこまで酷いとは知らなかったわ」
ケレナがシェイラからクッキーを受け取りながら呟く。
「まあ、下町の住民でもちゃんと働いている奴らとか、娼婦ギルドに属している奴らなんかだったら事件の被害にあった際に調べ始める前に袖の下を要求する程度なんだけどな。
浮浪児には何をやっても大丈夫ってことで、小遣い稼ぎ兼うっぷん晴らしの八つ当たり対象として好き放題してるぜ、あいつら」
お蔭で、基本的に武装している職種の人間は信じられない。
まあ、ダレン先輩の様に『弱き者を守る』なんて言う理想を真面目に掲げている人間もいない事もないっていうのは分かっているが、そう言う奴は例外だろう。
「子供の頃の原体験はいつまでも残るっていうから、しょうがないのかも知れないね。
取り敢えず、次回からの軍との契約の際には追加依頼の際の報酬についても前もって決めておくと良い。
最初は私も間に入るから、慣れてきたら主契約との難易度の差で調整していくようにすればいい」
小さくため息をつきながらアレクが言った。
「おう、頼むぜ。
なんだったら報酬に美味しい食事処でのディナーを工房メンバー全員って付け加えても良いし」
工房との契約って形で交渉するなら、工房の人間とその関係者全員って範囲で食事処の予約を付け加えるのも有りだろう。
うん。
楽しみになって来た。
ウィルは学院長に見出されなかったらアファル王国に対する帰属意識ゼロで育っていたでしょうね。
学院長グッドジョブ!
そう言えば、カクヨムの方で現代ファンタジーを始めました。
長期で続けられそうだったらこちらへの移植も考えていますが、取り敢えず良かったら読んでみて下さい。
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https://kakuyomu.jp/works/16816700428988660591