619 星暦555年 桃の月 19日 とばっちり(6)
「ここもちょっと多いわね」
俺がまた一人精神汚染を受けた通行者をマーキングしたのを見て、ファルナがため息をつきながら部下に何やら指示を出しに行った。
結局、あの白磁の街の後には次の街へ予定通りに行ったのだが、その後は追加された3つの街に先に回れという事で何やら平和そうでもう少し小さな街を回っていたのだ。
追加指定された3つのうちの2つは、精神汚染を受けた人間は誰一人見当たらず。
内陸の田舎町だったので、東大陸の連中も白磁の街へ攻勢を掛けた連中もまだ手を伸ばしていなかったらしい。
ちなみに、白磁の街を狙ったのがどこの人間かはまだ判明していない。
少なくともアファル王国との主たる交易港となったジルダスの人間に多い肌の浅黒い連中は特に見掛けなかったらしいので、東大陸の連中が関わっているとしたら別の地方の人間か、もしくは間にこちらの大陸の人間を挟んでいる。
呪具を使った人間を頑張って一網打尽にして捕まえても、その上司を捕まえ、依頼主を捕まえ、仲介人を捕まえ・・・と根気よく糸を手繰っていく必要がある。
まあ、国の威信と税収が掛かっているのだ。情報部と国が黒幕をそのうち見つけるだろう。
それはさておき。
今回調査しているこの街も、内陸の田舎町なのだが・・・白磁の街程ではないが、被害者が多い。
どうやら白磁の街を狙った黒幕か、それを見習った誰かがここを産業諜報のターゲットにした可能性が高そうだ。
あの白磁の街は誓約魔術が使われすぎで、呪具で情報を盗めないと見切りをつけたのかも知れない。
一昨日居た被害者ゼロの街でファルナと暇潰しに雑談している時に聞いたのだが、なんと白磁の街では一歩でも陶磁器ギルドに足を踏み入れる可能性がある人間には、掃除夫だろうがメッセンジャーだろうが馬車の御者だろうが、手当たり次第に誓約魔術を掛けさせていたらしい。
凄すぎる。
今回の事件に関しては幸運だったが、ちょっとやりすぎだろう。
ファルナも苦笑していた。
「なあファルナって情報部の人間だよな?
ウォレン爺さんとも関係があったりするのか?」
ふと気になった事を確認しようとまずファルナに所属を尋ねる。
ウォレン氏がごり押ししてきた今回の依頼で俺に付けられたのだ。
彼の部下とまではいかなくても彼が色々『助言』している情報部のお偉いさんの直属の部下な可能性は高い・・・かも知れない。
「・・・私は直接は関係ないけど、上司がウォレン殿には色々と助けてもらっているみたいね」
ちょっと慎重にファルナが答えた。
ウォレン氏の立場って一体何なんだろうな?
妙に権威が強いみたいだけど一応リタイヤしているんだよな、あの人?
ちょくちょく軍部の話に絡んでくるが・・・単なるちょっと食えないシャルロ大好き爺さんだと思っていたんだが、もしかして軍部のトップの弱みでも握っているんかね?
まあ、軍部を色々助ける方向で動いているみたいだから、退役したのに引っ込んでくれないお節介ジジイというところなのかな。
それはともかく。
「じゃあさあ、去年の今ぐらいに何やら騎士団の壁の中に、ある種の通信用魔具が仕込まれたのが見つかったって話、聞いたことある?」
魔具を発見できる魔力探知の魔具については暫く機密扱いになったが、盗聴用に仕込まれたと思われる通信用魔具の話位は知っている・・・よな?
多分?
それすら聞いていなかったとしたら何とかしてウォレン氏に連絡を取らなきゃいけなくなるんだが。
「・・・去年の年末は大掃除が大変だったわね。私まで駆り出されて、年末の予定が台無しになったのよ。
ちなみに、なんであなたがあの件を知っているの?」
ファルナが慎重に答えた。
どうやら盗聴用魔具が仕込まれた話は一応秘密らしいが、知ってはいるようだ。
「いやぁ、あれって俺が一緒に工房を経営している仲間のシャルロが、新しく俺たちが開発した魔具の試作品を『金庫探し用に』って親戚の『ウォレンおじさん』に冗談交じりで渡したら大騒ぎになったのが発端らしいんだよね。
お蔭でその新商品も一般販売が取りやめになっちまった」
代わりにそれなりに対価は貰っているから良いけどさ。
「・・・へぇぇ。
あれを作ったのがあなたたちだったの。
そう言えばシャルロ氏と一緒に働いているって話だったわね」
ファルナの顔が引き攣った。
何か嫌な予感がしているらしい。
でも、あの魔力探知の魔具も今では色々と使い勝手良く改造されていると思うぞ?
「通信用の魔具ってずっと誰かが聞いていないと意味がないから使いどころが限られているって話で、色々探し回っても仕込まれていたのは情報部と王宮や騎士団の上層部だけだったって聞いたんだけどさ。
今回みたいに街の総人口の半分に呪具を使うだけの手間暇をかける気があるんだったら、通信用魔具を仕込んで誰かがうっかり話をしないか根気よく待つ方が結果が出そうだと思わないか?」
本人が裏切りだと認識しているから、誓約魔術で情報漏洩を出来ないのだ。
ギルド内部の会議での打ち合わせだったら機密情報を話せないなんてことは無いだろう。
昨年の事件のあと、それなりに諜報関連のターゲットになりやすい所は魔力探知の魔具で定期的に通信用魔具やその他怪しげな魔具が仕込まれていないかを確認するようになったらしいが、特産物がなんであれ田舎町までは確認の対象にしていないのではないだろうか。
ファルナの顔が更に引き攣った。
「・・・一理あるわね。
これからも何か思いつくことがあったら言って頂戴。
ちょっと本部に連絡してくるわ」
絞り出すような感じに俺に礼を言って、ファルナが奥に消えていった。
そんな嫌そうな顔をしなくても良いだろうに。
多分他の誰かが調べることになるだろうから、俺担当のファルナは余計な仕事を押し付けられることなく、鋭い指摘をしたって褒められるだけで済むんじゃないか?
ボーナスも出るかも知れない。
礼は美味しい焼き菓子で良いぞ。
美味しいパイでも差し入れてくれても構わないなぁ。
いい加減、パディン夫人のパイが恋しくなってきた。
更に調査範囲が増えそうな気配?