604 星暦555年 橙の月 1日 忠誠心?(5)
「元々、禁呪の対応は魔術院でやっておる。
軍部では国内の情報収集に関してはどこぞの海岸沿いの村が無人になった原因が何かとか、とある川の流域で流行っている疫病が毒に起因するものかとかいったようなことを重点的に調べておるのでな。
が。確かに情報漏洩も重大な問題だ。ガルカ王国が潰れて戦争の危険度が下がってからは優先順位が落ちて気が抜けている可能性もあるかも知れん。ちょっと注意喚起をしておく」
クッキーを食べ終わり、カップの中のお茶をゆったりと飲み干しながらウォレン氏が言った。
村が無人になってるって・・・。
東大陸は香辛料で儲けているんだ。
人をさらって奴隷にする必要は無いだろうに。
・・・それとも、香辛料の収穫って労働集約型なのか??
東大陸で仕事が無くって遺跡発掘(と贋作製造)に手を出していた連中の数を考えると、態々別の大陸に行って海岸沿いの村から人を根こそぎ攫ってくるだけの労力需要があるとは思えないが。
まあ、禁呪を実験する為の生贄用に大量誘拐をするという可能性も無きしもあらずかも知れんが。
「取り敢えず、パストン島で変な行動をしている人がいないかを確認するとともにあちらでの常識的な禁忌対策について知っている人がいないかついでに探してみようか」
アレクがクッキー缶を受け取りながら提案する。
東大陸に近いだけあって、それなりの人数がパストン島に移住してきている。
農家系の人間が多いが、行政側で働いている人間も何人かはいるので、そちらに聞いてみるのも手だろう。
なんと言っても、東大陸に行って尋ねても我々は外部の人間だし相手に正直に答えなければいけない謂れは無いが、パストン島で働いている人間ならば我々(もしくはパストン島開発の責任者であるジャレット)に正直に答える義務と動機がある。
「そうだね。
ついでに虫除け・殺虫用魔具も持って行ってあっちの支店で売りに出してみない?
王都では大分涼しくなってきて虫も減ったけど、あそこは暖かくて基本的に一年中虫が多そうじゃない?」
のんびりと皿の上に確保したクッキーを齧りながらシャルロが提案した。
「あれを試験的に王都より先に売り出して反応を見るのは中々良い考えだと思うが・・・まだ新婚だろ?
ケレナを放置して遠出して良いのか?」
一緒に連れて行くという手もあるが・・・確か結婚の後の旅行ではパストン島にも行っていなかったっけ?
「ちょっと今は鷹の雛が飛び始める時期らしくて手が離せないらしいから、ケレナは同行できないかな。
屋敷船だったらそれ程時間が掛からないし、大丈夫だと思うよ」
あっさりシャルロが答えた。
貴族なら領地と王都とか、王都と避暑地とかで家族が長期間にわたって別れることも多いし、新婚でもそんなにべったり一緒じゃなくて良いのかね?
「では、明日中にシェフィート商会の方でどの程度在庫が溜まったか確認して、屋敷船の補給も手をうっておく。
出発は3日後ぐらいで良いかな?」
アレクがメモを取りながら話をまとめた。
3日後か。
だとしたら、取り敢えずちょっと長の所にでも行って、忠誠心とやらを植え付けられた人間がどんな感じになるのか、見せてもらってくるかな。
解呪されていないサンプル人員がまだ残っていると良いのだが。
いなかったら、サンプル魔具で実験してみる必要があるな。
こちらはそれこそ魔術院に話を持って行って恩を売るべきか?
禁忌関連の情報が入ってきているとは言え、実際にそれにかかわる魔具まで受け取っていない可能性が高いと思うが・・・確認しておかなかったのは失敗だったな。
考えてみたら、使って解呪して壊す前に、複製できるか確認しておくか。
取り敢えず現時点では禁忌として規制されている訳ではないから、複製しても違法行為にはならない筈だ。
複製したら、禁止されたら直ぐにアンディに注意喚起してくれるよう頼んでおかないとな。うっかり破棄し忘れて罰金なんてことになってはたまらない。
それとも、魔術回路だけ複製しておいて、魔具として完成させなければ大丈夫か?
・・・いや、変な部品は持ち続けない方が良いか。
魔術回路の図面だけ残しておけば良いんだし。
そのうちシャルロの子供とかが工房をうろつくようになるかも知れないことを考えたら、危険性がありそうな物は置かないに限るだろう。
まあ、この様子だとまだまだ先の話だろうけど。
別に危険な魔具や魔術回路を子供が噛んだり手に持って振り回す程度だったら起動はしない。
シャルロの子なら蒼流が気を配っておくだろうし。
・・・シャルロの子ならそいつもどっかの精霊に気に入られる可能性も高いか?
イマイチ精霊が人間を気にいる基準が分からないからなぁ。
俺とシャルロと学院長、後は軍部のパラティーダ少尉(それとも少佐だったか?)。
俺が直接会ったことがある精霊の加護持ちに共通点は無い。
どちらにせよ。
危険な魔具の部品は工房に転がしておかないのが正解だよな。
「じゃあ、取り敢えず俺は今回の話を持ってきた知り合いのところに、この変な忠誠心とかを植え付けられた人間が残っているか確認してくるよ。
どう言う状態になるか、分かっている方がパストン島でも見つけやすいだろう」
きらりとウォレン爺さんの目が光った。
「ほう。
既に被害に遭った人間を確保しているのか。
ついでに儂も其奴に会えんかの?」
いや、流石にそれはちょっと無理でしょ。
名目上はリタイアしているとは言え、実質軍部のお偉いさんなんだから。
遠慮してくれよ。
押しの強い爺さまw
でも流石に裏ギルドの人間と会いにいくのに連れていくのは無いですよねぇ・・・。