601 星暦555年 黄の月 30日 忠誠心?(2)
「それって魅了や催眠の術なんじゃないんですか?」
人間の心を外部から影響する術は禁忌として規制されているが、危険な術というのはそれだけ利用価値が大きいから禁止されるのだ。
今までだって魅了や催眠の術で利用価値の高い人間を自分の意のままに使おうとする人間は出てきたし、社会はそれに対する対応策も培ってきている。
禁忌として封じているので滅多に出て来ないだけに初期対応が遅れる事も多いが、何か起きていると分かれば対処は難しくないはずなのだが。
「魅了に近いが、微妙に違うから魅了探知に引っかからないところが嫌らしいところなんだよ。
それに、魅了というのは性愛とも結びついているから同性には効きにくい。
この忠誠心をどうやってか植え付ける魔具は、性別や年齢差を無視して機能するから利用範囲が広いぞ」
ため息をつきながら長が答えた。
なるほど。
魅了は相手を魅力的に感じて言いなりになる、もしくは自発的に助けたくなる術だ。
男同士の場合は極まれに『上司として惚れ込む』とか、『男として惚れ込む』という現象も無くは無いが、大抵魅了状態には性欲も含まれてくる為に効きにくいらしい。
女性同士だと更にその傾向が強く、そう言う性的志向を持っていない限りほぼ確実に同性では効かないと図書室にあった禁書に書いてあった。
しっかし。
忠誠心ねぇ。
「誰かに忠誠を誓うなら、その相手に会っているんでしょう?」
誰が原因か分かればそいつを消せば良いだけの様な気がするが。
「魔術師がやっているならそいつを消すなり当局に突き出すなりすれば良いんだが、『味方を増やせる道具』として魔具が売りつけられているんだ。
お蔭で東大陸から入ってきているという事は分かったものの、誰が裏にいるのか分からない」
長の言葉に、東大陸の蚤市でシャルロが触りそうになった古い箱のことを思い出した。
「あれかぁ・・・」
「心当たりがあるのか?」
ワインを口に運ぼうとしていた長の手が止まった。
「言われてみたら、あっちの蚤市で怪しい骨董品を見かけたことがありましたね。
ツレが触ろうとして、精霊に警告されていた際に忠誠を誓いたくなるとかなんとか言われていた気が?」
蚤市の骨董品にしか残らない程度だったら裏ギルドの会合で話題になるほど数が揃うとは思わなかったが・・・実は東大陸では現役な技術なのか?
「ふむ。
精霊・・・ねぇ。
上位精霊が警告しなければならない程強力な効果では無い様だから、現存する技術は効果がもう少し弱いのかも知れないな。
だがアファル王国では知られていない技術なだけに、無防備なので被害が広がりやすい。
依頼金を出すから東大陸まで行って誰が糸を引いているのか探し出すか、もしくは普通に裏社会で禁呪品として出回っているんだったら対抗手段を入手してきてくれ」
長が何やら書類を取り出してこちらに差し出してきた。
普通、裏社会の依頼なんぞに書類は作られないのだが、今回は比較的平和で合法な依頼だから契約書を準備したようだ。
契約相手は盗賊ギルドがこういう時に使う表用の商会だが。
・・・契約書があると言うことは、これって所得として申告して税金を払わなきゃいけないんだろうか?
普段の口頭での契約で金だけ貰ってる仕事は素知らぬふりをして税金は払っていないが、契約書があるとなると申告しないとヤバいのか?
それはさておき。
裏で糸を引く人間や組織が存在するのかどうかは不明だが・・・確かに変な禁呪の魔具がこちらに流れ込んでくるのは迷惑だ。
一応、まずは魔術院にこの話が来ているか聞いてみて、ダメだったらシャルロの『ウォレンおじさん』辺りが知っていないか確認してみるか?
契約書を確認したところ、成功報酬はそれなり、しかもどうしても解決できない場合でも、経費はちゃんと請求できる上に拘束時間分の費用は払うとなっている。
中々悪くない。
下手をしたらパストン島で既に使われている可能性もあるから、転移門で東大陸に直接行くのではなく、屋敷船で島経由で東大陸に行くかな。
「分かりました、受けましょう。
ちなみに、普通の正規依頼という事で、類似問題が他でも生じていないか魔術院や軍部に確認しても良いですよね?」
裏社会で発覚した事件に関しては詳細があったが、それ以外の情報はまだ薄い。
魔術院はまだしも、軍部にはそれなりにコネがあるだろうに。
「ああ。
そう言えば、解呪すると元になっていた魔具は自壊するらしいが、新しく購入したばかりでまだ使っていなかったのもあったからサンプルとして渡しておこう」
禁忌とは言え、便利な魔道を使わずに、解決用に提供するとは。
思っていた以上に裏社会では今回の問題を重視しているようだ。
「ちなみに、裏社会の人間って忠誠心を植え付けられるとどういう行動をとるんです?」
騎士とかが忠誠を誓うとかなり自己犠牲精神まで発揮してヤバい事までやりそうだが、裏社会の人間だ。
例え忠誠心を植え付けられようと、自分の身が第一という考え方は変わらないと思うが。
「無償で情報を流したり、相手に有利な条件で契約を結んでやったりといったところだな。
流石に邪魔な誰かを殺してやるというところまではいかないようだ」
長が肩を竦めながら答えた。
ふむ。
裏社会となれば、暗殺者ギルドの人間もいただろうに。
殺しまではやらないとなったら、やっぱりそれなりに強制力は弱いというところなのかな?
ポンコツな骨董品まがいな技術だと思っていたので忘れていたウィル君でした。
久しぶりに東大陸へ行く事になりそうです。