060 星暦550年 翠の月 14日 朝
悪いことをやっているといつかはその報いを受ける。
今回は思いがけない形の『報い』を見ることになった。
◆◆◆
宿題を言い渡されたものの、疲れ果てていた俺たちは籤を引いて順番を決めることにした。その結果、アレク達が昨日、俺たちが今朝宿題をすることに。
お陰でまだ実習が始まるまでに2刻もあるのに鍛冶場に出てくる羽目になった。
まあ、昨日はもう気力も果てた感じだったから今の方が効率はいいかもしれないが、朝早くから出てくるのは辛い。
俺は朝型人間じゃないんだよぉ。
「ウィルの心眼で視れば色々分かるんだろうけど、先に普通に何が分かるかやってみよう。スタルノさんはウィルの能力のことなんて知らないだろうからそれが無くても分かることに気付くことを宿題として出したんだろうし」
シャルロが張り切って剣を弄くりながら提案した。
フォークより重いモノなんて持ったことも無いようなお坊ちゃんな見た目なのに、この魔剣作りには凄くやる気満々だね、おまえ。
人は見掛けによらないというところか。
「とりあえず、手に持って素振りしてみたらどうだ?何といっても剣なんだから、剣としての使い勝手に違いがあるかを確認しておくべきだろう」
俺の提案に頷きながら、シャルロが剣を振ってみる。
まず「なまくら」。
次に一昨日スタルノが俺たちの前で鍛えていた剣。
それからスタルノが出してきた完成した魔剣。
俺たちのはまだ芯の部分しか出来ていないから剣と言うのもおこがましいところだけど。
俺も同じく振ってみた。
なまくらのは・・・バランスが悪い。何か、中心がちゃんと真ん中に無い感じで振っていてこちらのバランスが崩れそうだ。酷いな、これ。
元々剣よりはナイフを使うことが多かったが、ここまで明らかにバランスがおかしい武器は初めて見たぞ。『魔術』を放つことが目的な鉄の塊っていう感じだな。
こんな手抜きの土台にどのくらいその肝心の魔術が込められているのか怪しいものだが。
スタルノの2振りの剣は・・・どうなんだろ?
完成した魔剣は、完璧な感じ。手に吸いつくようなバランスで、本当に体の一部のように動かせそうだ。
一昨日鍛えていたのも、バランスは正確だと思う。だけど、何故か完成したの程は使いやすくない。
「このなまくらのバランスの悪さは問題外だけど、スタルノさんの2本は何が違うのかな?何かが違うのは分かるんだけど・・・」
完成していない方の剣を動かしながらシャルロに尋ねる。
「柄のところじゃない?まだそっちは終わっていないから握りにくいんだと思うよ」
言われてみれば、完成した魔剣は手で握る部分には皮で覆った上に太い糸で巻かれているから手が滑らないようになっている上、最後に柄頭がついていてこれが剣を持った際に手の方重心を取りやすくしてくれている。
「なるほど。柄のところもだし、この柄頭が付いていないと構えていると手が疲れやすいんだな」
ついでに俺たちが作った剣の芯も手に持って振ってみる。剣としては軽すぎるが、少し長い目のナイフだと思って振ってみるとバランスは悪くない。
「凄いよな、スタルノさん達って。俺たちみたいな素人学生に打たせているのにちゃんとバランスが取れたものが出来あがるなんて」
「本当にね。こんなに疲れるものだと思わなかったけど、素人が参加しても使えるモノが出来るなんて凄いや」
なまくらを手にとって心眼で調べてみる。
なんだ、大した魔力も籠っていないじゃないか、これ。
作りも、普通の剣に術回路を彫り付けて上に薄くコーティングしているだけだ。
しかも片面だけ。道理でバランスが変な訳だ。こんなのを買わされた剣士が哀れだな。
「酷いもんだな、これは普通の剣に細工しただけだ。術回路の上に軽くコーティングしているだけだから、2,3回打ちあったら術回路が壊れそうだ。魔石も大したものじゃないし。剣に傷がつかない遠距離から大きな術を掛けようとしても1回かけたら終わりというところだな」
シャルロの眉が顰められる。
「酷いね。同じ魔術師として、そんなものを売る魔術師がいるなんて許せない」
「許せないっていうのは同意だが、どうしようもないからなぁ・・・」
ため息をつきながらスタルノの完成した方の魔剣も取り上げて視る。
本当にいい剣というのは鉄や岩をも斬ることが出来ると言う。
スタルノの剣がそこまでいいのかは知らないが、俺が手に握って調べることが出来る剣の中ではダントツにいいだろう、多分。折角の機会だから『いい剣』と『なまくら』がバランス以外に何が違うのか視てみたい。
このなまくらは普通の安物の剣を魔術師が改悪しただけなので本当の意味の『なまくら』じゃあないけど、『普通』と『いい』を比べるのにはいいだろう。
で。
比べてみると・・・。
まず、成分が微妙に違う。何がどう違うのかはちょっと良く分からないが。
もっと鉱石とかの研究をしっかりしておくと良かったかもな。
また面白いことに、刃の濃度が違う感じがした。スタルノの剣の方が密に詰まっている。これってより入念に鍛えているからなのだろうか?ということは、鍛えれば鍛えるほど、剣は良くなるのだろうか・・・。
ふと思いついて、一昨日の実演で鍛えられていた剣も視てみる。
うん、こちらの方が密度が低いな。なまくらのよりは高いが。ちなみに俺たちが鍛えたのは・・・なまくらのとあまり差が無い。まあ、これからあと3日かけて完成させるんだからもう少し密度が上がると期待しよう。
やはり鍛えていくことで濃度が高まるようだな。後何日ぐらい鍛えたらスタルノ式には出来上がりとなるのか、知りたいところだ。
あとは・・・。
「お願いね!」
ひたすら魔剣を視ていた俺の横から、突然シャルロの声がした。
「うん?何をお願い?」
「ああ、ウィルにじゃないの。蒼流に、このなまくらを作った人を懲らしめてもらおうと思って」
シャルロがにこやかに答えた。
「え??
懲らしめるって、誰がこれを作ったのか分かるのか?」
こんな酷いモノには製作者の銘も入っていないだろうに。つうか、殆ど詐欺まがいだから入れないだろう、絶対に。
「蒼流に聞いたら、分かるって。だからこれから1ヶ月間、雨が降る度にこの魔剣モドキを作った人の家では雨漏りするよう、頼んだ」
分かるのか??!!!
なんで???
思わず、心話で清早を呼び出して尋ねてしまった。
『何でわかるの??お前でもわかる??』
しゅわっと現れた清早が鍛冶場の中をふわふわ飛びまわりながら答えた。
『これって作った魔術師がやっている最中に手を切ったみたいで魔術師の血が混ざっている。これなら俺でもわかるよ』
成程。血が付いていれば見つけられるのか。
・・・これって犯罪捜査とかで犯人が一滴でも血をこぼしていたら必ず見つけられるってやつじゃん?もしも俺がいつの日か人に知られないことをやるときは、絶対に血を流さないようにしなくっちゃな。
『ありがとな。そう言えばさ、ここって炉の火をつけて鍛冶をしていると凄く暑いんだけど、炉の火とか熱した剣を冷まさずに俺だけもうちょっと涼しく出来るかな?』
にぱっと清早が笑い、俺のおでこに接吻をして姿を消した。
『まかせとけ!』
ありがとね~。
私の部屋も涼しくして欲しい・・・。