598 星暦555年 黄の月 17日 虫除け(18)
「う~ん、農地で虫除けと殺虫の魔具を使う、ねぇ。
そんな贅沢をしようと考えた農家が今までいなかったから、やった場合の影響もちょっとわからないなぁ」
学院長との話し合いで今日中に準備を済ませて明日から魔具の試運転を試すことに合意した俺たちは、魔術学院をうろついていたジェドを見つけ出して農地での虫除け・殺虫魔具の利用についても尋ねてみた。
「虫害を防げたら収穫量が増えるんだから、貴族や大農家なんかだったら使いそうなものだけど、どこも試していないの?」
シャルロが意外そうに尋ねた。
流石領地持ち貴族。
すぐに魔具の現実的な利用についての利点が分かったらしい。
「蝗害が発生した時なんかは魔術師を雇って広範囲に殺虫の術を掛けてもらうことはあるが、農地で日常的に魔具を使って虫除けするなんて考え方は余りないな。
ある程度の虫食いは間引き効果もあるから、全く虫に食われないと作物が細る可能性があるし」
ジェドが顎を擦りながら答えた。
「あ~。全く虫に食われないと今度は作物が栄養不足になるか。
肥料を撒けばそこら辺は何とかなるかも知れないが、魔具と肥料とにお金を掛けて、収穫量をぐっと増やしたせいで売値が下がると損する可能性もありそうだ。
一か所だけで使う分には良いかも知れないが、大々的に売り出すんだったら新しい輸出先でも見つけないと需給のバランスが崩れそうだな」
ため息をつきながらアレクが言った。
なるほど。
確かに、豊作の年は農作物の価格は下がる。
自然の影響ではなく魔具による収穫量の増加でも、普段よりも大量に収穫されて作物が余れば売値が下がる事に変わりはないだろう。
単に豊作で今までと同じことをしてきて収穫が増えて売値が下がったのならまだしも(それでも収穫とかの人件費の割合次第では痛いだろうが)、肥料代と魔具代と魔具を動かす魔石代まで払っているのに作物量あたりの収入が減ったら不味いか。
今だったら旧ガルカ王国に売れるだろうが・・・旧ガルカ王国の民は実質難民状態らしいから、あまり金は出せないだろう。
ザルガ共和国が治安維持のために多少は援助するだろうが、アファル王国がウハウハになるほど高額で買い取ってくれるとは考えにくい。
何と言ってもアファル王国だって地続きなのだ。
食物を売りつけて利益を上げまくったら、『あちらの国では金が余ってる』なんて思われて難民が大量に流れ込んでくるだろう。
ザルガ共和国だったら、治安維持と経費削減のために貧しい民が『アファル王国に行けば食うのに困らない!』と誤解するような噂を流すぐらいのことは平気でするだろうし。
新しい交易先である東大陸で香辛料を買う代わりに食糧を売れる可能性もあるが・・・新規市場の開拓には時間が掛かるだろうし、普通の村のおっちゃん達がそう言うことを考えるとも思えない。
「虫が増えた時に臨機応変に使える殺虫用の魔具を村に何個かどう?って勧めてみるのはありかもね。
今度ノルデ村の村長さんにも話してみようよ。
爆発的に虫が増えた時に、魔術師を雇う手間を掛けずにさっと虫を退治できるのはそれはそれで農家にとって都合がいいと思う」
シャルロが提案した。
ふうん。
そういう物なのか。
別に、ノルデ村だったら俺たちに声をかけてくれたら殺虫の術を時折掛けるぐらいはやっても構わないんだが。
まあ、忙しい時だったら後にしてくれというし、各畑にとっては『時折』だとしても村全体だったら『頻繁』になる可能性があるから、他に仕事がある魔術師に気軽に頼むのは難しいかな?
「そうだな。
村単位での共同資産としてどうかと売りつけるのは良いかも知れない。
ついでに携帯用の虫除け魔具もお試しとして渡しておけばそちらを個人的に気に入る人間も出てくる可能性はそこそこありそうだ」
アレクが頷く。
ノルデ村は王都に近い為、農家のおっちゃん達も案外と良い感じに生野菜とかも作って小遣い稼ぎをしているみたいだから、虫除け魔具を買う余裕がある人間もそれなりにいるかも知れないな。
どの程度売れるかは不明だが、取り敢えず魔術学院での試運転が終わったら農家の方にも売り込んでみるか。
「そう言えば、虫除け・殺虫用魔具の試運転はここで大丈夫そうか?
本館よりも寮の方が普通の屋敷に近い状態かも知れないが」
アレクがジェドに確認する。
「ボロボロお菓子や間食をこぼしまくる子供が集まる学校だよ?
虫はたっぷりいるからテスト環境として全く問題ないね」
ジェドの答えに思わず足が止まる。
え、そんなにたっぷりいたの???
それなりに殺虫の術をかける練習をしている生徒もいたから、虫は少ないと思っていたんだが。
まあ、今の時期になると練習する学生も少ないか。
確かに・・・心眼で視て回ると想定以上にゴキブリが潜んでいる。
しかも周辺にそれなりに緑があるせいか、百足も意外といる。
考えてみたら、寝る時って虫がベッドのそばを蠢いているかもと思うと嫌だから殺虫の術を掛ける生徒がそれなりにいるかも知れないが、教室ではそれ程気にならないし、授業やお喋りに忙しくて余計な術を掛けている暇もない。
そう考えると、本館の方が寮よりも虫が多いかも?
まあ、取り敢えず。
実施テストに問題が無いのは良い事だ。
ついでに、俺が学生の頃にここの実態を知らなかったのは幸いだった。
夜中に図書室とかで禁書を読んでいた際に、傍で何が蠢いていたかなんて考えたくもない・・・。
授業中に教室に百足が出ても笑い話で済みますが、夜中に寝室の天井を這っていたらギョッとしそうw