597 星暦555年 黄の月 17日 虫除け(17)
「ちょっとこれ、完全に教室側の本館を全部覆う形にするとかなり大きくなる上に一部の林も範囲に含まれるぞ?」
あまり魔術学院の建物の形について考えていなかったのだが、実際に実施しようと敷地の見取り図を出してもらったところ、思っていた以上に本館の建物の形が長方形であることが判明した。
寮はもう少し正方形に近いんで普通に結界で覆ってもそれ程無駄は無いのだが、本館はそれなりに縦と横の長さの比率が違う長方形なせいで、円形(というか半球形だが)の虫除け・殺虫結界で完全に覆う為にはかなりの無駄が出る。
しかも、その無駄が鍛錬所や温泉風呂の場所をカバーしているのだったら問題はないし益がありそうなのだが・・・そっちではなく本館の裏の林っぽい部分を含んでいるので、そこにいる虫を全部殺すことになるとかなり魔力が無駄になりそうだ。
「あれ、本当だ。
本館周囲のちょっとした花の寄せ植えならまだしも、林の虫を全部殺しちゃったらダメだよ。
あそこにはカブトムシが育つ木もあるんだし!」
シャルロがひょいっと本館の中心あたりに糸を留める形で針を刺し、糸を動かして効果範囲を確認しながら声を上げた。
「カブトムシもだが・・・こちらのリンゴの果樹林も含まれているじゃないか。
虫が入れないとなると受粉出来ないからアップルパイが作れなくなる」
見取り図を覗き込んだ学院長が更に付け加える。
マジか。
魔術学院の敷地内には何か所かまとまってリンゴの木が植えてあり、冬になると実がなる。
とは言え、かなり強烈に酸っぱい上に時折中に虫がいるので、貧しかった下町時代ならまだしも魔術学院に入学してそれなりに飢えを満たせるようになった俺は最初のリンゴに齧りついて虫とばったり目を合わせる羽目になって以来、注意を払っていなかったのだが・・・。
あのリンゴから、寮で食べていたアップルパイが作られていたのか!!!???
意外過ぎる・・・。
もしかして、俺が食べたアップルパイには潰された虫も入っていたのではないかとちょっと気になったが・・・流石にそれは大丈夫だよな??
下町の孤児はまだしも、良い家の貴族のお坊ちゃんや大商会の息子が食べるアップルパイなのだ。
虫も込みなんていう雑な作り方はしていなかったと期待しよう!
「円形で起動させることでかなり設定を単純化出来るのが売りなんだから、長方形に合わせて起動範囲を変えるのは避けたいな・・・。
こことここに2つ、サイズを抑えたのを展開させよう。
虫除けと殺虫の効果範囲が重なってもこの程度の強度だったら問題は無い筈だが、初日はしっかり確認しておくことにしよう」
アレクが本館の左右に〇を二つ指でなぞって魔具の設置場所と有効範囲を提案した。
なるほど。
それだったら林と果樹林は範囲から外れる。
俺たちの魔具が原因でアップルパイが食べられなくなるとなったら恨まれるからな。
こうするのが無難だろう。
総合的な魔力消費量も節約できそうだし。
「受粉が終わった果樹林や畑に、この虫除けと殺虫の魔具を設置して害虫避けにしたらどうかと農家に売り込むのも有りかもね。
下手をすると他の花の受粉を阻害するかも知れないから効果範囲には気を付ける必要があるけど」
シャルロが提案した。
確かに、芋や人参のような根菜類は地下なので駄目だが、地上に実を結ぶ果物系や麦系の食物の虫食い被害は抑えられる可能性が高い。
とは言え、広範囲の地上の虫を一掃するようなことをしたら生態系に影響が出そうな気もするが。
「ジェドあたりに相談したら、そこら辺の影響も教えてもらえるかな?
農地に限ればそれ程大きな影響が無いのだったらノルデ村近辺の農家のおっちゃんあたりに売りつけてみるのもありかも?」
特級魔術師である学院長に会うなんて恐れ多すぎる~と言って食糧保存庫の下見に消えてしまったジェドだが、農地の虫対策なんかに関してもそれなりに知識はあるだろう。
この話し合いが終わったら見つけて聞いてみよう。
農家って虫害防止にどの程度金を払う気があるんだろ?
流石に畑に円形の虫除け・殺虫結界は無駄な気がするから、そうなると長方形や正方形に展開できるように魔具を改造すべきか。
だとしたら屋敷用に売り出すのも単純な円形よりも縦横のサイズ指定をする形にするべきかな?
まあ、まずは農地で魔具を使って虫を徹底的に排除しても問題が無いか、使うだけの需要があるか、農家に魔具を買い取るだけの資金力があるかだな。