595 星暦555年 黄の月 14日 虫除け(15)
>>>サイド アイシャルヌ・ハートネット
「虫除けの魔具?」
シャルロが結婚の挨拶に来て以来見ていなかった3人組が珍しく事前に予約を取って現れたので何かと思っていたら、新しい魔具のテストを魔術学院で行いたいという話だった。
「ええ。
常時起動型の弱い虫除け結界と比較的大型な虫のサイズの対象を排除する防御結界、及び殺虫の術を組み合わせた魔具です。
テスト環境での確認は終わったので実際の生活環境での効果を確認したいのですが・・・何分、ウチの村はシャルロがここ数年ゴキブリを殲滅する様に精霊にお願いしてきている為、虫除け魔具のテストに向いていないもので」
苦笑しながらアレクが説明する。
なんと。
そう言えば、数年前に急にゴキブリの苦情が出て来た年があった。
考えてみたら、あれはシャルロが卒業した翌年だったか。
なるほど、あれはゴキブリを排除していた彼が卒業していなくなって、またゴキブリが現れるようになった反動だったのか。
一体何が原因で急にゴキブリが増えたのか、衛生管理関係者と頭を悩ませたのだが・・・まさか実質『増えた』のではなく『減らなくなった』のだとは思わなかった。
「身体に悪影響が無い事を事前にチェックさせてもらえれば構わないが・・・流石に学院全部となったら範囲が広すぎないか?」
殺虫の術だったら学院全部を一気に掛けることはあるが、虫除けの結界を学院全部の範囲に魔具で設置しようとしたらかなりの魔力消費量になりそうだ。
「元々、それなりのサイズの屋敷用に売り出すことを考えているので、まずは教室側の建物で5日程度試し、特に問題が無いようだったら寮の方で更に試してどの程度しっかり虫を排除できるか確認したいと思っています」
計画書の様な物を差し出しながらアレクが説明した。
まあ、確かに生徒と教師が起きている時間帯にしかいない校内でまず試すのだったら安心だし、色々なおやつやその他諸々の食べ物がぽろぽろ落とされる上に掃除もイマイチ微妙な寮には排除する対象の虫が大量にいるだろう。
「そう言えば、携帯用の虫除け結界の魔具も開発したんですよ。
遠足や遠征予行練習なんかの際に、いかがですか?」
ウィルがコメントを挟んできた。
「ほう。
携帯用ね。
教師分だけでも揃えさせてもらおうかな」
蚊に刺されるのを防ぐのは、意外と難しい。
教師によっては蚊が出る時期になると常時微細な防御結界を身に纏って出歩く者もいるが、あれは常時使うのならそれなりの魔力が必要な上に中々細かいコントロールも要するので、魔術学院の教師でも常時発動はそれなりにキツイ。
子供が伸びやかに学べるようにと、王都の外れにある代わりにそれなりに広く緑が豊かな敷地を有する魔術学院には・・・それなりに虫が出る。
もうそろそろ蚊の季節も終わりだが、どちらにせよ携帯用の虫除け結界の魔具は便利そうだ。
「来年の春から学院の購買で売らせていただけるのでしたら、教師用に数個ほど試作品として提供しますよ?」
にこやかにアレクが提案してきた。
「ははは。
すっかり商売人が板についてきたな。
まあ、取り敢えずは先に設置型の方の確認とテストが終わってからだな。
それが問題無かったら携帯型の方も考えよう」
暖かい季節になると虫が活発になり、殺虫の術の要請も多くなる。
そのため、春の比較的早い段階に生徒に殺虫を教えるので練習も兼ねてそれなりに学院内での虫の排除は進むのだが、もうそろそろ殺虫の仕事が無くなってくる時期だ。
涼しくなれば虫も減るものの、ゼロにはならないので虫除け結界と殺虫の魔具をテストとして設置するのは悪くはない話だ。
「百足とゴキブリがどれだけ残っているかはシャルロが蒼流に聞いて確認できるんですが、死骸の確認とかもあるので検証を頼んでいる生物学会の会員が立ち入りする許可を頂けますか?」
テストに関する合意書を取り出しながらアレクが付け加える。
「勝手に学院の中を歩き回らせる訳にはいかないから誰かが付き添うことになるが、前もって日程を調整しておけば入ることを許可しよう。
・・・蒼流にゴキブリや百足の数を数えさせるのか?」
思わずシャルロに尋ねる。
「数えるというか、殲滅させる対象がいるかを聞くんです。
大雑把な答えになるんで、いる場合の数は大体なんですけど、少なくとも生きているかどうかははっきりしますよ」
にっこりとシャルロが答えた。
なるほど。
精霊に害虫の殲滅を頼むというのは可能なのか。
自分の屋敷だけでも、炎華に頼むのはありだろうか?
それとも水の精霊と違って火の精霊である炎華に頼むのは危険だろうか。
・・・後で確認してみよう。
急に寒くなってきましたね。
もうそろそろ虫の心配は必要なくなってきたかな?