592 星暦555年 黄の月 13日 虫除け(12)
普通の虫除け+防御結界だけの魔具に関しては障害物回避の回線を組み込んだ魔術回路の方が家用の設置型魔具でも魔力消費量が少ない事が確認できた。
なので、今日は殺虫関連のテストだ。
ということで、アレクがパディン夫人にテスト用に適した実際に使うような容器の提供をお願いしている。
台所で使う物の様にパディン夫人の管理下にある物の提供をお願いする時は、思いつきで動きがちなシャルロよりもちゃんと色々考えてから行動するアレクの方が信頼があるのであっさり話が通りやすいのだ。
「ちょっと虫の退治用魔具に関して実験をしたいのだけど、パントリーで食材を入れるような箱を一通りサンプルとして貰えるかな?」
『貸してくれ』と言っても良いのだが、いくらゴキブリや百足ではなくダンゴムシでテストするとは言え、流石に虫を入れた箱を後日俺たちの食材を入れるのには使って欲しくないので、提供された容器はそのまま工房で何かを入れるのに使う予定だ。
「箱、ですか?」
焼き菓子になるらしき物を作るために粉をこねていたパディン夫人が、手を止めてこちらに向いた。
「そう。
湿気や虫に入って来られたくないような密封用の箱だけじゃなく、適当に整理する時用の箱や、その中間ぐらいの箱もあるんだったら取り敢えず一つずつ貰えるかな?」
シャルロが付け加える。
そうか、食糧保存庫に置いてある箱にも何種類か用途別な物があるのか。
流石シャルロ。
食いしんぼで暇があれば台所で甘いモノづくりを見ているだけあって、よく知っている。
「分かりました。
ですが、出来れば変な虫を入れた箱を食糧保存庫に置かないで欲しいですね。
逃げたら後が大変ですよ?」
ため息をつきながらパディン夫人が応じた。
「大丈夫!
僕たちはダンゴムシしかテストしないから、箱からぬけだせないはず!」
にこやかにシャルロが請け合う。
確かに、下に穴が開いているんじゃない限り、箱の側面をダンゴムシが登って脱出できるとは思えない。
・・・それとも、虫というのは俺たちが見てないところでは意外と身軽なのか?
まあ、殺虫の術だったら傍で見ていても問題はないから、ちゃんと誰かが常に見張って脱走しないようにしておこう。
ダンゴムシ程度だったら別に家の中で見かけても構わないが、テストで持ち込んだ個体に家の中で繁殖されたらそれはそれでちょっと嫌だ。
◆◆◆◆
3つほど密封性の違う箱を貰い、適当に庭を掘り起こして入手したダンゴムシ数体を薄っすらと土で覆った箱を食糧保存庫に置き、アレクが1階の工房まで戻った。
『起動させるぞ』
携帯型通信機からアレクの声が聞こえてくる。
「了解~。
殺虫の術を停止させたら教えて」
シャルロが応じた。
最初はまず、障害物回避の魔術回路を組み込んでいない殺虫の魔具だ。
家サイズで起動させた時に食糧保存庫の中の箱まで効果が届かないのでは話にならない。
待っていたら、殺虫の術の波動が家の中を満たすのが感じられた。
考えてみたら、一部屋ずつ順番にではなく家全部へ一気に術を掛けるのだ。
ちょっと出力を高くする必要があり、魔力消費量がそれなりに多そうだ。
心眼で観察していたら、ダンゴムシが順々に動きを止め、生命反応が弱まり、やがて死んでいった。
箱の中にいることで殺虫の術の浸透が遅れるのか、密封性が低い方から死んでいったので、やはり殺虫の術も物があると浸透するのに時間と魔力を消費するっぽい。
『取り敢えずこれで通常起動分は終わった』
アレクの声が通信機から聞こえてくる。
元々、殺虫の術は長期間起動するものではなく、2ミル~4ミル程度の時間だけ放射するタイプの術だ。
殺そうと思っている虫の生命力に依存するのでダンゴムシ程度なら2ミルで十分だし、ゴキブリや百足がいるなら4ミル程度動かした方が無難だ。
虫除けの魔具なんぞ買うだけの余裕がある家だったら百足が大量に繁殖しているなんてことは無いだろうからデフォルトは2ミルで動かす様にしておき、使用説明書には『暫く虫除けを使っていなかった場合は2回連続で殺虫を起動させる事を推奨』とでも書いておけばいいだろう。
単に起動時間を延ばすだけなのだ。
態々二通りの起動スイッチをつける必要も無い。
「よっし。
全部死んでるね」
箱の蓋を開けて覗き込んだシャルロが満足したように言った。
「障害物回避用をテストする為のダンゴムシを取って来ようぜ」
既にダンゴムシは掘り起こしてある。
今回のテストに巻き込まれないように庭に隔離してあるので、ダンゴムシを入れ替えればすぐ次のテストに掛かれる。
問題は、ダンゴムシは大丈夫でもゴキブリや百足を殺せなかったらどうするかだよなぁ。
時間を長くするだけではダメだったら、どうすっかね?
需要は自分的にもある虫除け魔具だが、自分たちでテストが出来ない(したくない)と本当に不便だ。
ちなみにウィル君はちょっと言葉が足りないので説明を必要とする様な頼み事は苦手w