059 星暦550年 翠の月 13日 下準備
『疲労』という言葉をここまで実感したのって生まれて初めてかもしれない。
◆◆◆
鍛冶場の広さに限界があることから、今回の実習は少人数で何人かの魔剣作りを行う鍛冶師の元へ分かれていくことになっている。俺たちの班は4人だけだった。
お茶を飲んでいる時に学院長が教えてくれた話では(いつの間にか学院長と茶飲み友達になっていた・・・)スタルノに当たった俺たちは非常にラッキーだったらしい。
『この学院が実習先に選んだ他の鍛冶師達だって当然腕はしっかりしているが、スタルノは別格だ。腕もいいが、心構えも良く見ておくのだな。ある意味スタルノを目指すぐらいの覚悟が無いんだったら魔剣作りをやろうなんて考えぬ方がいい』と言われた。
もっと大掛かりに鍛冶をやっているところもあり、そう言うところの方が広いから実習に参加する人数が多くなる。スタルノはとことん拘りを持つ職人で、大量生産なんてモノとは縁のない存在なので実習に受け入れられる人数も非常に限られているらしい。
そんな少数しか行けないところに当った俺らってラッキー。
単なる偶然なのか、それともアレクかシャルロの親が圧力をかけたのか。興味があるところなのだが、学院長は教えてくれなかった。
早速昨日の実演で、金属の溶液を垂らすフリーハンドで作った術回路なんて言う滅茶苦茶高いハードルを見せられて、ちょっとげんなりだけど。
学院長、これを目指すんじゃなきゃ、魔剣作りは諦めろって言うの・・・?
実習では2人ずつ組んで魔剣をそれぞれ作ることになった。
『お前らみたいなひょろひょろなひよっこ共じゃあ2人一組じゃなければ永遠に剣の形にすらならん』とのことだ。
アレクはアンディと組み、俺はシャルロと一緒にやることになった。
『仲良し3人組が分かれちまって、残念だったな~』とアンディに笑いながら言われたが、アレクとアンディは元々仲がいい。喧嘩になってお互いを槌で殴り合ったりすることにはならないだろう。(笑)
さて。
今日はまず下準備らしい。外側になる堅い鉄のと、真中に入るしなやかなのと一つずつ。(考えてみたら、これってなんて数えるんだ?一本?一片?一枚?)
鉱石を溶かしてひたすら叩いて形を整えるらしい。
「まずは、これをこの鍋に入れて赤くなるまで熱し、こちらの鉄床に置き、槌で叩け。
出来るだけリズムと強さは一様になるようにしろ。
赤さが無くなってきたらまた炉に戻して熱する。叩く時に一枚の板になるようなつもりで叩け。まあ、形を整えるのは手を貸してやるが」
全部自分達でやるのかと思っていたら、やはり本格的な鍛冶というのはそこまで単純なものではないようだ。
スタルノとタラン(スタルノの弟子)が槌を持って鉱石を叩き、そのリズムに合わせる形で一人ずつ交代交替に実習生たちが槌を叩いた。
まあ、考えてみたら俺とシャルロが2人で槌を振るおうとしても、お互いの槌を叩き合ってしまうのが落ちだよな。スタルノとタランが一定の速度で槌を叩いてリズムを設定してくれるから俺たちもそれなりに形だけはまあまあな感じに槌を振るうことが出来た。
カン、ガン。
カン、ガン。
カン、ガン。
カン、ガン。
・・カン、ガン。
「リズムが狂っているぞ!」
カン、ガン。
カン、ガン。
「ちゃんと槌を振りあげろ!」
カン、ガン。
カン、ガン。
・・・。
疲れる。
いい加減、腕が痛い。
スタルノに合わせなければならないので、疲れてきても速度を落とせない。早くシャルロに交代したいんだけど~。
そんな雑念だらけでやっていたら、スタルノにまた怒鳴りつけられた。
てへ。
腕が付け根から落ちるんじゃないか・・・と思うぐらい疲れたところでやっとシャルロへの交代を言い渡される。
きつい!!!!!
一体、粗悪な魔剣を作る魔術師って言うのはどうやって魔剣を作っているんだ?
こんなに大変なのでは、『楽なあぶく銭』なんていう言葉は絶対に当てはまらないぞ。
そんなことを考えながら、シャルロが槌を振るうのを横から眺めた。
シャルロは単に槌を下へ振り落としているだけだが、スタルノは槌の落とし方を微妙に調整することで鉱石をだんだん長方形へと形をそろえている。
しかも、叩かれる間にだんだん鉱石の中に入っていた不純物が減っているように視える。
一体どこに行ったんだ?普通に叩くだけでも排除されるのか、それともこれってスタルノの魔法なのか。
非常に興味がわくところであり、是非とも質問をしたいところなのだが、とてもノンビリ質問をする雰囲気ではない。
そう言った疑問点に答えてくれる、『何か質問はあるか?』というような復習セッションがあることを期待するしかないな。
やがて、鉄の形がスタルノの満足いく形になったのか、一時停止を言い渡された。
もう1つ、更に堅いのをやるのか。
今日中に終わらせられるだけ、体力が持つんかねぇ?
本当の鍛冶師だったらどの石を使うかとか、どんな素材を他に混ぜるかとか、どのくらい熱するかとか色々あるんだろうど、そこら辺は全て面倒を見てもらってしまった。
ま、真剣に本当に鍛冶師になるんだったらこう言うところに弟子入りして自分で技術を盗めと言うところなんだろうね。
アレクとアンディがお互いに癒しをかけ合っていたのを見て、俺たちも真似をした。
腕の痛みが消えたけど・・・それだけだ。
そして再び槌を手に持つ。
カン、ガン。
カン、ガン。
カン、ガン。
・・・。
「よし、これで今日の下準備はいいとしよう」
正直言って地獄に近い一日がスタルノの言葉でやっと終わった。癒しをお互いに掛けながらやってきたから肉体的にはどこも痛くないのだが・・・。筋肉痛は癒せても、疲れはとれないという授業で教わった内容をここまで実感する日が来るとは思わなかったよ。
「だが帰る前に、自分が鍛えた鉄と、この完成した魔剣、昨日大体形にしたこの剣、そしてこのなまくらとを良く観察して比べておけ。明日の朝までの宿題だ」
げ。
まだ帰れないの?
昨日のを読み直してみたら、びっくりするぐらい誤字脱字が酷かったですね。すいませんでした。
やはり夜更かしはせずに、あそこまで眠くなる前に書かねば。