589 星暦555年 黄の月 5日 虫除け(9)
色々と魔力消費量に関して調べた結果、防御結界と探知結界が反応するのは『動き』であるっぽい事がわかり、また動かない状態だったら地面に突き抜ける形で展開させようが宙で展開させようが、ほぼ魔力消費量が変わらないことが判明した。
つまり。
「防御結界と探知結界はその結界に触れる『動き』に対処するから別に地面だろうが建物だろうが停止状態で展開する分には物を突き抜けていても魔力消費量に関係ないのかな?
だとすると、頻繁に立ったりしゃがんだりしながら使うと魔力消費量が増えそう」
「・・・そう言えば、矢避け付き防寒結界は荷物の積み下ろし作業をすると魔石の消費が早いって商会の人間も言っていたな」
シャルロの言葉を聞いて、思い出したようにアレクが呟いた。
なるほど。
空気の動きをある程度制限することで防寒機能の効率を高める形なので、多分空気中で動く分には『動き』として認識されず、結界が反応しないのだろう。
だが、荷物の積み下ろしとなったら荷物その物に結界が繰り返し触れる上、立ち上がったりしゃがんだりの動きも多いから結界による地面との接触的な動きも増えるのだろう。
「まあ、荷物の積み下ろし作業なんてしていたら体が温まるだろうから、矢を射られないような安全な場所だったらあの魔具を切っておくのが良いんじゃないか?
動きに反応することで防御機能が作動するんだから、流石にそれを止めるのは無理だろ」
既存商品でも改造できるなら手を加える俺たちだが、流石に防御結界機能の性質そのもののせいで魔力消費量が増えるのはどうしようもないだろう。
しかも、荷物の積み下ろし作業中という限られた場面での魔力消費に関してなら特にそれ程の問題でもないだろうし。
「まあ、そうだな。
問題は虫除け結界の方だな・・・」
ため息をつきながらアレクが机の上の試作品の山に目をやった。
防御結界と探知結界に関しては、地面の上に展開して球形の半分が地面の下になろうとも、意外にも魔力消費量はそれ程増えなかった。
なので色々と試した結果、地面に触れる動きを繰り返すと魔力消費量が増えることが判明。
地面ではなく、俺たちが近づいたり手を振ったりしているだけでもそれなりに増えたことから、どうやらこれらの結界は『動き』に反応している事、そして反応することで魔力消費量が増えるらしいという事が分かったのだ。
『今後の参考のため』という程度の好奇心でついでに調べた防御結界と探知結界に関しては解決策・・・というか原因が解明したのだが、残念ながら肝心の虫除け結界に関する研究では俺たちは躓いていた。
「虫除け結界っていうのは虫が嫌がる『何か』を発しているって言われているんだろ?
この『何か』の生成が地面と相性が悪いんじゃないか?」
ため息をつきながら俺が考えていたことを口にする。
熱を発生させるのだって、空気を温めるか、水を温めるか、鍋を温めるかで必要な魔力は違うのだ。
そう考えると、この『虫が嫌う何か』を発生させて浸透させるのだって、空気中で行うのと地面の下で行うのとで必要な魔力量が違ったって不思議はない。
ただ。
『不思議はない』のは構わないにしても、『魔力消費量が跳ね上がる』のは困るのだ。
蜂に襲われた時用の防御結界は一時的な緊急措置だから走って逃げたり蜂を排除したりする為に魔力消費量が一時的に多めになっても納得して貰えるが、肝心の虫除け結界その物に要する魔力量が多すぎるのは困る。
幾ら外では香を焚いてもあまり効果が無いから競合品が少ないとは言え、あまりにも利用に必要な魔石の費用が高くなりすぎたら買ってもらえないだろう。
今まで多少蚊に刺されて痒い思いをしても我慢してきたのだ。
生活費に差し支える程高額になったりしたら、これからだって我慢するだろう。
「こう、障害物を避ける空気の膜みたいのを造って、その中を虫除け結界の範囲とする形にしたらどうかな?
そうしたら地面とか、壁とかが虫除け結界の範囲外になって魔力消費量を抑えられない?」
虫除け結界が『膜状』ではなく『領域』型に戻るが、空気中で展開する際の魔力消費量と地面に触れた状態で展開する際の魔力消費量の違いを考えると、確かにこの方が良いかも知れない。
可能ならば。
「試してみる価値はあると思うが・・・『空気の膜みたいの』ってどうやって作るんだ?」
物理的に風船を障害物を避けて空気中だけに膨らませるのは簡単だが、本当に風船を膨らませる訳にはいかない。
そうなると魔力で造った風船モドキの様な物を展開する必要があり、そう言う魔力で造ったモノは基本的に物理的な障害物を突き抜けてしまうから『空気中だけ』という展開の仕方は難しいのだ。
『何かに触れたら無効になる』というのだったらある種の警報用の結界にそんな機能があるが、『何かに触れたらそれを避けて展開する』という機能はあまり聞いたことが無い。
「虫除け関連の魔術回路のどれかでそれに近い仕組みを見た気がするんだよねぇ・・・」
試作品づくりが終わり、机の奥に置いた箱に詰め込まれた大量の魔術回路を書き写した紙を見ながらシャルロが呟いた。
「どれだか思い出せるか?」
微妙に恐る恐ると言った感じでアレクが尋ねる。
「・・・取り敢えず、僕が見た魔術回路をみんなでもう一度確認しなおさない?」
てへっと笑いながらシャルロが提案した。
だよなぁ・・・。
大量に調べ物をしている時って、『今探している情報じゃないけど後で役に立ちそう』なモノがあっても、急いでいるからうっかり他のと一緒にしちゃって後から見つけられなくなる事がありますよねぇ・・・。