579 星暦555年 萌黄の月 20日 意外な依頼
『落とし物のようです』
朝食に降りてきたら、パディン夫人からそう書かれた封筒を渡された。
朝食の準備中に配達されてきたらしい。
怪しい。
封筒に入るサイズで俺の住所が分かるような落とし物なんて、無いだろう。
開けずに捨てようかとも思ったが、一応の為と思って心眼で確認したら手袋っぽいものが薄っすらと見えたので諦めて開いてみたところ、予想通り穴の開いた盗賊ギルドからの呼び出し手袋だった。
まあ、一番自然にお手軽に手っ取り早く招集具を俺に届ける手段だけどさぁ。
俺が手袋を落としても気が付かないようなうっかり者であるかのように見えるのってちょっと不満なんだけど。
◆◆◆◆
「久しぶりですね。
何か依頼ですか?」
昔からの長の隠れ家を確認して回ったところ、以前も来たことがあった酒場の下で長を見つけた。
考えてみたら、こういう隠れ家だって時折古いのを破棄したり新しい場所を開拓したりといった変化があるはずだが、俺が知っているのってそこそこ前の場所だ。
俺を呼び出す時には俺が知っている昔からの場所にいるんだろうが、こちらが長を探さなければならなくなった時の為に、新しい隠れ家も把握しておくべきだろうか?
別に裏社会との付き合いをいつまでも続けるつもりはないが・・・場合によっては便利だからなぁ。
どうせ向うから時折便利に使われるんだったら、こっちだって必要がある時には便利に使わせてもらっても良いはずだ。
今回の依頼が終わったら聞いてみようかな?
態々長に張り付いて新しい隠れ家の場所を探すのは面倒だ。
「最近、面白い物を売り出したようだな」
長が机の上に置いてある魔道具を示しながら俺の挨拶に答えた。
おやぁ?
こないだ売り出した、映像魔道具じゃん。
どう考えても長が劇場の俳優や女優に入れ込んでこれを使うとは思えないのだが。
目撃者の情報関係で調査機関から使われた時の対応策を考える為に入手してみたのかね?
商会で売り出す時に、『記憶からの映像は思い込みで色々補正されることがあるので、映像がある場面が絶対に確実に信頼できるとは限らないので気を付けてくださいね』と注意喚起をして売り出すことになっているのだが・・・。
「まあ、おもちゃですよ。
最初は捜査機関にでも売りつけようかと思ったんですが、意外なほどに内容を誘導して歪められることが発覚したので、捜査には使えないことが判明しちゃって。
まあ、こちらの認識した姿が映像化されるということで、3割増しな美麗映像が保存できることが嬉しい熱狂的な俳優のファンとかにはそれなりに人気が出ているようですが」
とは言え、3割増しな美麗映像でお気に入りの俳優とかの布教をしていたら、それにつられて見に行った友人や親せき連中はがっかりするだろうけどな。
「オレファーニ侯爵家関係の老人相手に昔の結婚式の風景などをもう一度映像化するのを助けたとも聞いたが?」
長が小さく首を曲げて聞いてきた。
おや。
随分と情報通だね。
シャルロの親戚何組かしか試さなかったのに。
それとも俺関係でシャルロやアレクの周辺は常時監視対象になっているのか??
そこまでするだけの理由はイマイチ思い当たらんが。
「あ~。
最初は昔の思い出をもう一度目にしましょうという路線で売ろうと思ったんですけどねぇ。
どうしても記憶を呼び起こす術を魔道具化できなくって。
かといって毎回使うたびに魔術師に記憶を呼び起こす術をかける必要がある魔道具を売り出すのはちょっと色々問題がありすぎるので諦めました」
高くつくだけでなく、記憶に触れる術というのは危険だからな。
長だって裏社会での洗脳関係に使う薄暗い用途のことは知っているだろう。
「だが、昔の記憶を刺激して、映像を記録することが出来ないわけではないのだろう?」
長が紅茶を淹れながら尋ねてきた。
珍しい。
普段だったら朝でもワインなのに。
「まあ、信頼できる魔術師に術を掛けさせるという部分が自己責任になりますけどね」
肩を竦めて答えたら、長がにやりと笑った。
「そう。
信頼できる魔術師。
だから依頼だ」
マジ?
『信頼できる魔術師』として呼び出されたの??
『裏社会の人間にとって信頼できる魔術師』としての信頼なんて欲しくないんだけど。
「・・・過去の事件の記憶を呼び起こして報復するのとかに利用されるのは遠慮したいんですが。
映像化されるのでしっかりと記憶が信頼が出来るような気がするかもしれませんが、実は人間って思い込みとかで他の場面の記憶から映像を補完しちゃうんです。思い込みや誘導で見てもいない人を見たと記憶を捏造しちゃうこともあるんですよ?」
裏社会にいる人間は、俺みたいな孤児出身じゃない限り大抵は親族や親しい人間に裏切られて全てを失ったて堕ちてきたという者が多い。
そして孤児出身の人間だって裏社会で生き残ろうとあがいている間に誰かに裏切られたことは何度かはあるものだ。つまり、裏社会では報復への需要がかなり大きい。
そう考えると、俺たちが造った魔道具って実は裏社会で悪い意味での需要がそこそこありそう??
あまり関係したくないんだけど・・・。
どうやって言い抜けるか冷や汗をかきながら考えていたら、長が何やら木の箱を取り出した。
ナルダン工房のかな?
随分と細かい細工がしてある。
「私は早くに母を亡くしたのだが・・・母が亡くなる前にこの箱の中に『宝物』を隠して箱の開け方を見せてくれたのだ。
だが、母の死の後に色々とばたばたしている間に勝手に父によって箱が売られてしまってね。
数年後には取り返したのだが、その頃には箱の開け方を忘れてしまっていたのだよ」
へぇ~。
長、意外と良い家の息子だったんだな。
そんな細工箱は高いぞ。
まあ、売られてしまったということはその後没落して金に窮したみたいだが。
心眼で視たところ、指輪が入っているっぽいから父親も細工箱の開け方を知らなかったようだ。
だったら壊して中身を出してしまえば良いのに。
まあ、指輪その物よりも『母から残された』というのがポイントなんだろうから、どうせ自分の指に合わないであろう指輪を取り出すために高価な細工箱を壊しちゃあ意味が無いか。
「なので、術で母にこの箱の開け方を見せてもらっていた時の記憶を刺激してもらって映像記録としてそれを保存したい」
箱を眺めながら考えていたら、長が続けた。
復讐目当てでないのは良かったが・・・記憶を刺激する術なんぞ使わなくても、心眼で注意深く調べればこの細工箱でも開けられるんじゃないかなぁ。
でもまあ、かなり複雑な造りだから、時間がかかるか。
だったら一回だけ術を掛ける方が楽そうだな。
どうせ成功報酬は同じだろうし。
「まあ、良いですが・・・記憶を刺激する術は危険ですよ?」
変なことが起きて俺のせいにされてはたまらん。
「お前には私の記憶を歪めて洗脳しようとするような動機はないだろう?
信頼しているよ」
にやりと笑いながら長が答えた。
信頼、ねぇ。
まあ裏切るつもりは特にないから良いんだけど、下手に頼られても後が怖い気がするなぁ・・・。
長としては母親の顔ももう一度みたいと思っていたり。
ちなみに、裏社会の報復はさっさと自力ですることが良いんですが、時折犯人不明な口封じの殺人とかがあるので、目撃者の記憶を呼び起こしてもう一度犯人を見つけ出して殺してやりたいと思っている人は実はそれなりに居るんですね。
別に裏社会じゃなくても犯人不明な殺人の真相を知りたい人はそこそこいますが、犯人が分かったら物理的な証拠がなくても犯人を拷問して自白を引き出して殺してしまえという行動をとるのは裏社会の人間じゃないとしにくいですからね~。
貴族とかでもやってそうだけどw