572 星暦555年 翠の月 6日 人探し(8)
ウィルの視点に戻りました
「それで、攫われた子供はどうだったのだ?」
結局、学院長に話を持っていった後にドルゲダナ伯爵邸の前で待っていたら3刻もしなうちに王宮の馬車が現れ、飛び降りてきた男性が土下座する勢いでゼナに謝ったと思ったら屋敷の中に駆け込んで行き、すぐさまシャナを連れてこさせた。
昼食の後は部屋に閉じ込められて暇をしていたシャナは転寝していたのか、眠そうに目をこすりながら降りてきたが・・・中々図太いねぇ。
攫われて、不安で一杯になっているかと思ったらのんびり昼寝していたとは。
まあ、幼いからイマイチ何が起きているか分かっていなかったのかも?
それでも一応見知らぬ場所に連れてこられて不安には思っていたのか、ゼナを見たらすぐさまメイドの手を振り払って階段を飛び降りそうな勢いで降りてきて、ゼナに飛びついていたけど。
階段から転げ落ちるかと一瞬ひやりとしたが、幸いシャナが転ぶ前にゼナも駆け寄っていたので二人は無事に再会できていた。
で、その騒動に気が付いたドルゲダナ伯爵夫人らしき女性が現れ、何やら愛情たっぷりな声を伯爵にかけていたが・・・。
その後の騒動は凄かった。
子供を誘拐するなんて、何を考えているのだと叱責してきた伯爵に『愛していますのよ!!!この子と一緒に親子3人で暮らしましょう!』と愛を叫ぶ女性と、『明後日には離縁の手続きが終わるのに一体何を言っているのだ!!??』という伯爵の発言は中々・・・微妙だった。
どうやらドルゲダナ伯爵夫人は頭がおかしいみたいだった。
取り敢えず、そんなのに付き合っていられないとゼナはさっさとシャナを連れて帰宅し、俺達も帰ったところ・・・その後にゼナのところにドルゲダナ伯爵が謝罪に現れたらしく、翌日にゼナが色々と教えてくれた。
「シャナは別に酷い扱いをされた訳でもなく、何が起きたのかイマイチ分かっていなかったようなのでそれ程影響は無かったようです。
攫った際に静かにさせるために睡眠導入剤を与えていたお蔭で攫われていた時間の殆どをぼ~と過ごしていたのが幸いしたようですね。
昨日には意識もはっきりしていて食欲もあり、普通にゼリアと走り回っていたらしいので問題は無さそうだとゼナは言っていました」
子供に睡眠剤なんぞ与えるのは危険だと思うが、流石にそこら辺は伯爵夫人(か誘拐を手伝った使用人)が危険を意識していたのか、子供に与えても安全な種類の睡眠導入剤を入れたお菓子を与えただけらしいので長期的な影響はなかったようだ。
まあ、考えようによっては攫われて一人で夜を過ごすなんて言うのも精神的な負荷が大きいだろうから、攫われた晩から翌日の昼近くまで薬のせいでぼ~としていたのは幸いだったのかもしれない。
「ドルゲダナ伯爵夫人は少しでも気に入らない人間には物を投げつけたり解雇を言い渡したりするタイプで、ドルゲダナ伯爵本邸は伯爵夫人に意見をするような使用人は残っていなかったらしいです。
以前は伯爵夫人が変なことをしないように伯爵に報告する役目の者を使用人として常にそれとなく雇わせていたらしいのですが、もうあと数日で離縁することが決まっていたので先日その報告役の侍女がクビになった際に後釜の人間を入れていなかったのが今回の騒動が起きてしまった原因らしいです」
アレクがお茶を飲みながら学院長に説明した。
しっかし。
頭がおかしい相手が妻だと大変なんだなぁ。
財務長官なんてお偉いさんが、幾ら有名な食事処とは言え平民の副料理長なんぞに土下座する羽目になるとは。
ゼナも、翌日に謝罪と解明に現れたドルゲダナ伯爵に土下座された時には顔が引きつったと言っていた。
伯爵夫人に関しては伯爵と夫人の実家とで確実にこれから同じような騒動を起こさないように監視すると約束されたらしい。
で、お詫びとして渡された金でゼナ達の住んでいる家のローンが全部返済できたと笑っていた。
流石シャナの母親だ。
親子そろって図太いね~。
まあ、比較的直ぐにシャナが見つかったし、シャナ本人も特にショックを受けた様子もないので終わりよければ全てよしといったところかな?
「離縁が決まっていて後数日で完全に赤の他人になる妻がそんな騒動を起こすとは夢にも思わなかったのだろうな。
ゼガデルヌ公爵家は可も不可もなしな凡庸な人間が多い家系なのだが・・・そんな変な娘を妻に引当ててしまうとはドルゲダナも可哀想に」
学院長が茶請けのお菓子を差し出しながら呟いた。
「短時間のお見合い程度では猫を被った相手の様子なんてそうそう分かりませんからねぇ。
私も結婚する相手を決める際には相手の使用人や近所の人間によくよく話を聞いて調べつくそうと思いましたよ」
アレクがため息をつきながら合意した。
つうかさぁ、お前さんの場合は次兄さんががっつり相手本人だけでなくて家族とか親しい友人まで調べまくってくれそうから大丈夫じゃない?
まあ、調べすぎるせいで結婚できる相手を見つけるのが難しくなるかもしれないが。
「そう言えば、ゼナと伯爵からのお礼で、ドリアーナで旬のフルコースディナーを食べられることになったんですよ!
学院長もいかがですか?
何人かおまけで誘っても構わないと言われましたので」
シャルロが学院長に誘った。
そう、是非ともお礼がしたいと言われて、色々考えた結果、ドリアーナでの食事をねだることにしたのだ。
元々ゼナの方に『お礼をさせて!』と言われた際に『じゃあドリアーナのフルコースディナーを食べさせて!』ということになり、その後にドルゲダナ伯爵も『お礼を!』と言ってきたのでディナーで人を誘って良い事になった上にディナーの費用を伯爵が払うので旬のバカ高い素材を使ったお勧めコースをということになったのだ。
俺達としてはゼナからお礼を貰うんだから伯爵から謝礼を受け取るのは二重取りみたいな気がしたし、考えてみたら被害者であるゼナ達が俺たちへの謝礼の為に費用を負担することになるのも何か違うだろうということで、予約の枠を与えるのがゼナのお礼、そのディナーの費用を負担が伯爵のお礼ということで話がまとまったのだ。
「ほおう。
それは悪くないなぁ。
ついでにシャルロの婚約者やウィルの彼女にも会えるのだとしたら、是非ご一緒させてもらうか。
そう言えば、宰相も礼をしたいと言っていたのでおねだりしたい物を考えておいた方が良いぞ」
学院長がシャルロの言葉にうなずいた上でとんでもないことを言いだしたので、思わずお茶を吹き出しそうになった。
「はぁ??
なんだって宰相から謝礼が出るんですか??」
学院長が肩を竦めた。
「元々、無難な結婚相手としてドルゲダナ伯爵にゼガデルヌ公爵家の娘を勧めたのが宰相だったので責任を感じているのではないか?
それに、派閥の権益を増やすことを狙って国家予算の執行に変に手心を加えようとしないドルゲダナ伯爵に失脚されると、宰相としては次の財務長官が変なことをしないように見張る手間が増えるからな。
この騒動が表に出なくて一番喜んだのは宰相ではないか?」
ほぇぇぇ。
騒動が起きて辞職する羽目になるかも知れない本人より、その上司的な地位にある宰相の方が喜ぶんだ?
有能な部下って見つけるのが大変なんだねぇ。
さて。
宰相からのお礼には何を希望すれば良いのか。
難しいですね~。