571 星暦555年 翠の月 4日 人探し(7)
宰相さんの視点の話です。
>>>サイド ジャルジュ・バアグナル
肩を落としたドルゲダナ伯爵が部屋を出たのを見送りながら、思わずため息を漏らした。
「大変そうだな」
気軽そうに声をかけてきたアイシャルヌを睨みつける。
「なんだったら、お主が財務長官になってくれてもいいのだぞ?
金のことはそれほど詳しくないかもしれんが、お主だって国のことを第一に考えてくれるという点では信頼が出来る数少ない人材だ」
アイシャルヌが肩を竦めて見せた。
「国の財布を見張るのは重要な仕事だが、アファル王国の未来の魔術師が変な風に育たないように目を光らせておくのも重要な仕事だろう?
現に、今回は私の教え子たちがさっさと攫われた子供を見つけたお蔭でドリアスが自分の伝手を使って手当たり次第に知り合いに助けを求める前に問題が解決できたのだし。
もっと感謝してくれてもいいのだぞ?」
アイシャルヌの教育の是非と今回の問題の素早い解決とどのくらい関係があったのかは不明だが、取り敢えず話が大きくなる前に解決できたのは幸いだった。
自分の子供も悪魔なんぞ呼び出してくれて迷惑をかけられたが、離縁する妻に迷惑をかけられるとは、ドルゲダナも可哀想に。
貴族にとって、家族が一番の難敵ということだな。
結婚しない訳にはいかぬのに、下手な相手と結婚すると身の破滅なのだから、なんとも難しいものだ。
しかも良心的で優秀な人間の方が足を引っ張りたがる政敵が多いとくる。
優秀な人材を魔術で創り上げるか選ぶことが出来たら、本当に楽になるのだが・・・。
精霊に頼んで優秀な人間を見つけることは出来ないのかとアイシャルヌに以前聞いたことがあったが、『人間から見て優秀な人間が精霊から見て優秀な人間とは限らんぞ?』と言われた。
神が選ぶ神殿長ですら時折かなり不思議な人材が選ばれることがあるから、どうしようもないことなのだろう。
アファル王国において、平民や下級貴族が罪を犯した場合は審議官や裁判官が法に基づいて判決を下すことになっている。
だが、高位貴族や王族が罪を犯した場合・・・それが表に出てくることは殆ど無い。
何故ならば貴族を裁くために存在する裁判官であろうとも、高位貴族や王族の権力には抗いがたいからだ。
つまりは罪を犯した貴族、もしくはその貴族の政敵である別の高位貴族に圧力をかけられて裁判官が法を恣意的に適用することになる。
もしくは恣意的に協力する裁判官に行き当たるまで裁判官が暗殺されまくるか。
何代か前の国王が『法は万人に公平に適用されねばならぬ』という信念のもとに、裁判官に例え直系の王族ですら抗えないほどの権力を与えてみたところ・・・今度は裁判官の汚職と横暴が国を荒らすことになった。最終的には国を牛耳るほどの力を握ることになった裁判官達を軍が一掃して諸悪の根源であった信念を有する国王が『病死』する羽目になった。
その後は権力のバランスがもう少し常識的なものに戻ったものの、出来ることならば法が万人に同じように適用されないということを表ざたにしない方が好ましいので、結局高位貴族が関係する問題が起きた時は王宮が被害者に裏から補償を与え、問題を起こした貴族はどこかに幽閉された後、ほとぼりが冷めた頃に『病死』することになっている。
まあ、問題を静かに解決できないほどに大騒ぎになってしまって茶番劇ながらも表立って裁判が行われることも稀にはあるが。
ドルゲダナ伯爵は財務長官としては珍しく、どの派閥にも肩入れせずに国にとっての一番を考えて予算編成をする近代稀に見る人物だ。
ドルゲダナ伯爵家は比較的良心的な人物が多く、それ故に財務省の重要な地位を代々引き継いできたが・・・過去のドルゲダナ伯爵は小さな案件の予算配分などでは親族や友人の権益を増やす方向に判断することもあった。
大きな問題になるような行動はしてこなかったが、国にとって最適な判断にはならぬこともあったことを考えると、当代のドルゲダナ伯爵には出来るだけ長く頑張ってもらうことがアファル王国にとっては最大の利となるだろう。
お蔭で問題が起きたらどの派閥からも自分の派閥の人間を後釜に据えようと足を引っ張られるのは確実であるのだから、皮肉なことだ。
ドルゲダナ伯爵夫人の問題が表に出る前に自分の所に上がってきたのは本当に幸運だった。
「今回のことは助かった。
お主の教え子たちにも、何か礼を出そう。
何が欲しいか聞いておいてくれ」
まあ、若い魔術師が身近で起きた事件を政治的資産として悪用しようとするほど知恵が回ることはあまりないだろうが、国に利する行動をしてくれたのは事実なのだ。
何か褒美を出しておく方が良いだろう。
さて。
久しぶりに頭を下げに行かねば・・・。
宰相さんも、国の為に滅私で働く珍しいタイプw
ある意味、ウィル達は良い時代に生まれました。