568 星暦555年 翠の月 4日 人探し(4)
「ドルゲダナ伯爵夫人のような気がする」
目撃した幼女から記憶を見せてもらっていたシャルロが戻ってきて、深刻そうな顔をして言った。
「財務長官の妻か・・・」
アレクが顔をしかめた。
王宮の役職なんぞ全然知らないが、『財務長官』が偉いだろうというのは聞いただけでも想像がつく。
その妻では幼児の目撃証言だけで家宅捜索なんぞ出来ないだろう。
しかも家紋が印された馬車を使っていたというのならこの付近から伯爵宅まで追跡する最中で大人の目撃証人を見つけられるかもしれなかったが、それすらもないお忍び用の馬車だ。
・・・つうか、もしもこの伯爵夫人が誘拐したのだとしたら、本邸には戻らないだろうし。
「何故に伯爵夫人がゼナの子供を攫う?
伯爵が誘拐するんだったらヤバい性癖があるんだろうと思うが・・・夫人が夫の為に幼女を誘拐して回っているとはちょっと考えにくいぞ」
イマイチ状況が想像できずにアレクとシャルロに尋ねた。
「・・・ドルゲダナ伯爵は夫人とあまり上手くいっていなくって愛人に与えた屋敷に暮らしていると聞いたことがある。
まあ、周りに秘密で幼女を好む性癖があって、伯爵夫人が夫を取り戻すために幼子を集めている可能性もゼロとは言えないが、確かに不思議だな・・・」
ため息をつきながらアレクが低く答えた。
「ドルゲダナ伯爵夫人が違法な人身売買をして金儲けをしなければならないほど贅沢をしているとも聞いていないし、それにしたってこんな都心部で子供を誘拐するのはおかしいよね。
大体、本人が子供を誘拐する必要なんてないだろうし。
ちょっとゼナにドルゲダナ伯爵夫人と何か縁があるのか、聞いてみよう」
シャルロが首を捻りながら提案した。
そうだな。
ゼナがドルゲダナ伯爵夫人にこんな強烈な嫌がらせをされるほど憎まれるようなことをしたとは思いにくいが、頭がおかしい人間というのはこちらには想像も出来ない理由で憎悪を募らせることがあると言うし。
ということでゼナを脇に呼んで、防音の結界を張ってからドルゲダナ伯爵夫人のことを尋ねた。
「ドルゲダナ伯爵夫人??
何も関係ないはずだけど・・・」
1日でかなり窶れたゼナが、眉をひそめながら左手を額に当てて考え込んだ。
「アジーラちゃんっていう子がお忍び用らしき馬車が止まっていたのを見たんだ。
扉が閉まった音で振り返ったらしいんで実際にシャナちゃんを馬車に乗せているのを見た訳ではないんだけど、その時に見えた中の女性がドルゲダナ伯爵夫人だったみたいなんだよね。
だけどこんな間接的なしかも子供の証言だけでは伯爵家に話を聞きに行くのはちょっと難しいんだよね。
もしかしてシャナちゃんが誘拐されるほどドルゲダナ伯爵夫人の怒りを買うような何かがあったのかな?と思って」
シャルロがため息をつきながら説明した。
ゼナが当惑したように眉を顰める。
まあそうだよなぁ。
普通の一般人が、そこまで貴族を怒らせるようなことなんてする訳がない。
例えドルゲダナ伯爵夫人の怒りを買った報復だったとしても、勝手な言いがかりであるのはまず間違いないだろう。
「ドルゲダナ伯爵夫人とは話したことも無いはず・・・。
確か、以前の勤務先だったシャナータ子爵夫人のところにシャナとゼリアを連れて遊びに行った時に伯爵夫人が前触れもなく訪問に来たことがあるから、すれ違ったことぐらいはあると思うけどその際だって態々伯爵夫人が元料理人と話をしたりする訳もないから、言葉は交わしていないし」
何故に元の勤務先に子供を連れて遊びに行ったのかと思ったのだが、元々ゼナはシャナータ子爵夫人のところで働いている時に夫と出会って子供が出来て、退職しようとしたら産休を取って帰ってきてくれと引き留められたらしい。
なので職場復帰後に子供好きな子爵夫人に子供たちを見せに連れて行き、その後も時折夫人の下に二人を連れて行くのを続けていたのだそうだ。
へぇぇぇ。
使用人の子供を可愛がるなんて、変わった貴族だな。
それとも料理人というのは思っていた以上に家の女主人と密な付き合いがある相手なのだろうか?
まあ、シャルロみたいにデザート大好き人間だったらデザート担当の料理人と色々話し合って親しくなるのも不思議じゃあないかもだが。
しっかし。
すれ違った程度で子供を誘拐するか??
真剣にマジで分からん。
「取り敢えず、ドルゲダナ伯爵夫人の屋敷を探りにいって、子供がいないか確認してみよう。
居たらシャルロが親父さん経由ででも何とか手をまわして家に入れるようにするっていうのはどうだ?」
もしくは、夜中に俺が忍び込んでシャナを誘拐し返して来ても良いし。
・・・その方が楽そうだな。
ちなみに、シャナータ子爵夫人は夫に先立たれた老婦人です。
既に息子が爵位を継いでいるので『貴族の品位』なんてものもあまり気にせず、かなり気軽に使用人と付き合っているタイプ。
甘いものが大好きなんですがスタイルも維持したいので、カロリーオフな美味しいデザートを作らせるためにゼナと色々と研究していたから出産退職をしないように引き留めた人。
流石にドリアーナの副料理長という職へゼナが伯父から誘われた時は引き留めるのも悪いかと思って、ドリアーナで時折食べる権利を貰う代わりに退職を快く許しました。