547 星暦555年 紺の月 23日 総動員(4)
「次は・・・ウィル・ダントール氏だな。
着いたぞ!」
軍の運転手が声をあげた。
輸送馬車に詰め込められて揺られていた俺は、やっと着いたことに安どのため息をつきながら立ち上がった。
軍人と補給物資を大量輸送する用の馬車だから、最低限のバネはあるもののかなり居心地が悪い。
まあ、田舎道を走っても壊れないようにそれなりに頑丈に作ってあるんだし、街中を走っているのだから軍人が輸送される時の状態よりはマシなんだろうけど。
絶対に軍の出動に同行させられる任務には就きたくないと固く心に誓ったよ。
もしもどうしても抜け出せない状況に追い込まれたら、なんか理由をつけて空滑機で先行するか後から追いかけるようにしよう。
「ちなみに、帰りはどうなるんですか?」
馬車を降りながら御者に聞いたら、肩を竦められた。
「一応夕方に回ってくることにはなっているが・・・自分で歩いて帰った方が早いんじゃないか?」
まあねぇ。
その可能性は高いな。
アスカに頼んで迎えに来てもらおうかなぁ。
石畳が多い王都の下ってアスカで動き回るのにあまり向いていないのだが、一応魔術院の庭にだったら出られるから、どっかこちら側で良さげな場所があったらアスカを召喚しよう。
そんなことを考えながら、魔道具を受け取り周りを見回す。
各設置箇所の起点と終点となる杭が既に打ち込まれているはずなのだが・・・。
「お、これか」
心眼に映った杭に歩み寄り、説明されていた通りに魔道具を接続して魔力を通す。
ふむ。
魔術回路的にはそれほど複雑ではない。
ただ、面白いことに魔石ではなく魔道具の素材そのものに何らかの形で魔力を込めているようで、それによってかなり強力かつ比較的長時間連続で機能し続けるようだ。
「ふ~ん。
この魔道具は魔術回路ではなく素材と魔力を込める過程そのものが重要なんだな」
何かアイディアを拝借して俺達の開発に活用できないかと思ったが、普通の素材と魔石でやっていたのでは現存する探知用の魔道具と大した違いは無さそうだ。
この程度だったら国家機密とされている魔道具の魔術回路を借りて上層部に睨まれる意味はないな。
ちぇ。
公務扱いで報酬も大したことない上に、更に夜にまでこき使われるんだから何かもっと得るものが欲しかったんだが・・・しょうがない。
今晩は適当に食べて、明日にでも抜群に美味しくて高い食事処でアンディに奢らせよう。
暫く待ってみたが隣接箇所の終点に隣の魔術師が来ないので、取り敢えず先に自分の箇所の設置を終わらせることにした。
起点での設置を終わるまでに隣の終点までの設置をしてくれたらすぐに接続を確認できたのに。
しょうがない。
終点まで小走りで行き、探知網を設置して終点まで接続し、戻ってくる。
まだ隣の設置は終わっていなかった。
おい。
一体どれだけ待たせるつもりなんだよ。
どうせ夜に自分が確認に来るのだから、もう帰ってしまおうかと思っていたらやっと隣接箇所担当の魔術師が姿を現した。
「おう、待たせたか?」
輸送馬車で見かけた魔術師が声をかけてきた。
ちょっと太っちょな中年の魔術師なので、歩くのが遅いのだろう。
此奴はどうやって魔術院まで戻るつもりなのだろうか。
取り敢えず、付き合っていたらますます拘束時間が増えそうなのでにこやかに対応して別れることにした。
「ああ、ちょうどよかった。
では、接続しましょう」
つうか、本来ならばこっちの魔術師の方が遅かったんだから此奴が接続に責任を持つべきだが、まあ良いとしよう。
終点の設置が終わった魔道具に、魔力を流し込んで起点と同期させる。
ふわりと光が流れて、探知網が一つになった。
「終点の方を確認してきます。
ではまた今度」
終点の方に小走りで戻ったら既にそちらの魔術師によって接続されていた。
よっしゃ。
考えてみたら、他の地区の設置が全部終わるまでは俺がしなきゃいけないことは無いはずだよな?
下手に魔術院に戻って雑用を押し付けられないように、家に帰ってのんびり1日の残りを過ごし、少し早めに夕食を食べてから魔術院に行こう。
・・・アンディへの連絡は家に着いてからで良いや。
終了報告もあいつに押し付けちゃえ。
ちなみに、社交的な人は輸送馬車の中で他の魔術師と話を弾ませていましたが、ウィルは気配を消して座っていただけ。
馬車に慣れていなかった上に知らない人間とにこやかに話せるタイプでは無いウィルはちょっと人見知り気味?