545 星暦555年 紺の月 23日 総動員(2)
「魔術師登録年度によって振り分けられる地域が決められるので、各々自分の登録年度に該当する机に行って用紙を受け取るように!」
魔術院に着いたら、入り口を入ってすぐのロビーで魔術院の職員が声をあげながら魔術師たちを誘導していた。
凄い人数だな。
まあ、流石に一気に王都にいる魔術師全員を呼び集めるのは無理があったので、何度かに分けて呼び出しているようだがそれでもロビーでは身動きが難しいほどの人だかりになっている。
「あっちだな」
登録年度ということは、俺たちの世代だったら基本的に魔術学院の卒業年度を意味する。
なので魔術院での顔見知りを探してそいつらが集まっている方向に目をやったら、『登録年度550年~552年』と大きく書かれた張り紙があった。
なんとか人込みをかき分けてテーブルにたどり着き、用紙を受け取る。
お。
こないだ売り出したばかりの感応紙じゃん。
そう言えば、向うの希望で試作品をそのまま魔術院に割安で売りつけたのだが、更にいくつか新しい記録用魔道具も購入していたとシェフィート商会から聞いたな。
確かに一気に情報を出力できる感応紙と記録用魔道具はこういう場面で役に立つだろうな。
イマイチ最初に考えていた『更新可能な情報記録道具』という使い方とは違うが、どんな形であれ売り上げに貢献してくれるならばありがたい。
願わくは、王太子の結婚式の騒ぎが終わったら購入した魔道具を使って魔術回路の特許の目録作成に人員を割いてくれることを期待しよう。
「紙を受け取ったら上の会議室に行って自分の名前を登録し、説明を受けてくれ」
魔術院の職員として感応紙を配っていたアンディが声をかけてきた。
さっさとどけ、というところかな?
取り敢えず、階段に向かった。
会議室に入って適当に椅子に座って渡された紙に目をやると、どうやら王都の地図の一部のようだ。
う~ん。
ちょっと下町よりな東寄りの地域かな?
地図の区域に細かく俺らや同期生の名前が書かれている。
更にその横にも何やら見知らぬ名前があった。
感応紙を捲って2枚目を見てみると、どうやらこちらには今回設置する探知機の設置上の注意点が書いてあった。
ただし、一番上に大きく『この紙は魔力に反応して白紙化するので、必要が無くなるまでは魔力を通さないように!!』と書いてあった。
う~ん。
魔道具の設置に駆り出される際に手に持っている紙だぜ?
魔力をうっかり通しちゃう可能性は高いだろうに。
こんな注意書きをするよりは、感応しないように処理すれば良いのに。
まあ、魔術院としては少しでも経費を抑えるために感応紙は再利用したいんだろうなぁ。
ここまで大規模な総動員するイベントなんて殆ど無いだろうが、大人数の魔術師を呼び出して何かにあたらせることはそれなりにあるようだから、そういう時に再度使えるように確保しておきたいといったところか。
「お久しぶり~。
最近は王都に居ないことも多いみたいだから、今回はどうなるかと思っていたわ」
後ろから声をかけられ、振り返ったらイリスターニャとタニーシャが居た。
「いやいや、王都に住居を持っているんだったら例え他の場所に出ていても転移門を使って戻ってこいと呼びつけられるでしょ。
イリスターニャ達は最近どう?」
アレクが笑いながら答えた。
普通の個人ならまだしも、魔術師は殆ど全員携帯型通信機を持っているので、何やら改良して出力アップした魔術院の通信機を使うと国内に居たらどこでも連絡がついてしまうらしい。
呼び出すのはそれなりに手間だが、少なくとも連絡が付くだけ楽になった!とアンディが言っていた。
なるほど、昔だったら家に固定式通信機を持っていない魔術師の場合は魔術院から人をやって連絡を取らなければならなかったから、こういった総動員にしても一気に『明日来い』と呼び出すことはほぼ不可能だったんだな。
う~ん。
俺達の開発した魔道具が普及するのは嬉しいが、下手に連絡が付きやすくなって仕事に呼び出されやすくなったというのはあまり有難い事じゃあないなぁ。
まあ、技術は前にしか進まないからな。
一度売り出してしまったものは取り消せない。
そんなことを考えながらお互いの担当範囲を見せあっていたら、やがてアンディが再び姿を現した。
なんか疲れてない?
作業はこれからだぜ?
まあ、一々魔術師の家まで呼び出しに行かなくて済むようになったとは言え、数百人もの魔術師に通信機で連絡を取り魔術院へ来るように指示するのもそれなりに重労働なんだろうな。
がんばれ~。
他人事だと思って呑気に傍観しているウィルですが、次回はおまけの『頼まれごと』がこの後発生する予定・・・。